「凉介、俺の家に来る?」
首を横に振る。
これ以上大地と一緒にいると、一層自分の空っぽさを思い知らされるだけだ。もう、惨めな思いをしたくはない。
「一晩だけでもいいから、来いよ」
何度も首を振った。
いいから離してくれ、と内心で願っても、大地は俺の頭を撫でる手を止めない。
「凉介」
「大地、もういいから」
もう、放っておいてくれ。と、そうやって突き放しまえば、大地は去っていくだろうか。俺は暖房の利いた部屋に戻れるのだろうか。
でも、出来ない。
突き放して、大地が去ってしまったら、俺は一人になってしまう。
暖房で温められてはいても、寂しくて凍てついているあの部屋で一人、俺はまた参考書を開いて生きていく。
何もないあの場所に戻るのが怖かった。
「大地」
伸ばした手で、大地のパーカーの裾を掴む。その手が震えれば、大地はぎゅっと俺の手を握り締めた。
見上げれば、目が合った大地は泣きそうな顔をしていた。どうしてお前がそんな顔してるんだよ、といつもなら笑ってやれるのに、今日は無理そうだ。
「大地」
握られた手が熱い。大地の体温は、俺の冷えた体をあっという間に温めてくれる。
心地良さに、俺はついに首を縦に振って、震える喉を鳴らした。
「助けて、大地…」
うん。とすぐに返ってくる。
「助けてくれ…」
今度は返事は無い。黙って肩を抱き寄せる大地にもたれて、俺はわっと泣き出していた。
みっともなく、ボロボロと大粒の涙を流して、俺は大地の体に縋り付く。どうにか俺を一人にはしないでくれ、と、その温かな体にしがみ付いた。
漏れる嗚咽を押し殺して、逃げ場などない俺は、ただただ弱々しい涙を流し続けていた。
両手の中に置かれたのは、熱々のおしるこ缶。
二度目のスロット音の後に押し付けられたそれを大事に大事に両手で持って、俺は歩き出す。
先を行く大地の背中を見つめてから、俺はダッフルコートの袖口で目を擦った。すん、と小さく鼻が鳴る。
「凉介」
不意に振り返った大地に、紅くなった目のまま視線を遣れば、大地はホッとしたように微笑んだ。
「また泣いてんのかと思った」
言って差し出された手に戸惑って眉を寄せると、大地は歯を見せて明るく笑う。
「小学の頃はお手々繋いで帰ってたなーって思い出したんだよ」
「…繋がないぞ」
「いいから」
強引に握られた手は熱い。
先を歩く大地の口から吐き出されて消える白い息を見送って、俺はそっと繋がれた手を見下ろした。
例えば、大地の手の熱さは、大地が毎日充実して輝いた生活を送っているからだとすれば、俺の手はどれだけ冷たいんだろう。
なにも思わない、なにも得ない日々を送る俺に、大地のような温かさなど有る筈もなくて。
そんな俺が、将来、医者になって誰かを救えるなんて思えもしない。
──なんだ、端から俺には、道なんて無いんじゃないか。
唯一のレールであった『医師』の道すら、もう、ぼやけて見えない。
俺には、先なんてないんだ。
「凉介」
ハッと我に返った。
大地は振り返らない。けれど、繋いだ手を一層強く握り締めて、はっきりと言う。
「今日、凉介に会えて、俺はすごく嬉しかった」
こくん、と息を飲んだ。
緩まない歩調に、俺は、再度熱くなった目頭を鎮めるようにギュッと目を伏せた。
求めていた非日常は、温かくて、それでいて痛くて、苦しい。
大地と共に進む道は足先しか見えないほどに暗くて、それなのに、今まで俺がいた場所よりも断然明るい。
その先にあるものが、俺にも、見えるのかもしれない。
例えば、そこに何かがあるとしたら、俺は、─────