ゼンリョクシッソウ
ゼンリョクシッソウ




 自宅の前に設置されている自動販売機には、たいして美味くもなさそうなおしるこが陳列されている。
 五十分の一の確率でアタリが出て、もう一本おまけで好きな商品が貰えるタイプの自動販売機であるそれと、俺との付き合いは、もう三年目。
 個人病院を経営する父親と、自宅で書道教室を開いている母親が、「近隣の皆さんが利用できるように」なんて言って、自宅前に設置したのだ。

 朝でも夜でも時間なんて関係無しに、そいつは激しいスロット音を立てる。

 ピリリリリリリ、と大音量でスロット音を流して、五十回中一回だけ「アタリダヨ」と叫んでこれまた五月蝿いファンファーレを流す。
 近所迷惑なそいつが、俺は好かなかった。
 そいつの中に陳列されている甘ったるいジュースも、安っぽい缶コーヒーも好きではなかったし、そいつ自体が騒音公害だったからだ。





 夜十時過ぎに必ずあのスロット音が鳴るようになったのは、一年前からだ。

 俺が高校に入学すると同時に、決まって夜の十時過ぎに、その自動販売機は騒ぎ出すようになった。


 チャリンチャリンチャリン、と硬貨を投入する音がすると、俺は参考書を捲る手を止めて窓に引かれたカーテンを少しだけ開いてみる。

 たいして美味くもなさそうな例のおしるこを毎夜毎夜買い求める見知った顔を見下ろして、俺は「またか」と思う。

 スロット音と共におしるこの入った缶が取り出し口に勢いよく落ちてくると、缶をさっと取り上げて、まだ温かいそれを大事そうに抱えて、軽やかに駆け去っていく。

 スロット音が止まる頃には、すでに購入者は姿を消している。端から当たるとは思っていないらしい。

 夜の十時過ぎ。
 必ず俺の家の前にある自動販売機で、百二十円のおしるこ缶を買っていくそいつは、俺の中学までのクラスメイトだった大地だ。

 小学一年から中学三年まで、実に九年間もずっと同じクラスだった大地とは、それなりに仲は良かった。腐れ縁だった。

 けれど、高校は別々の学校を選んだ俺達が、中学卒業後、交流することは無かった。
 県内有数の進学校に進んだ俺と、実業系の高校に進んだ大地。接点はほとんど無い。

 こうしておしるこを買い求める姿を眺める程度しか、俺と大地には交流の場など無かった。






 母親は、存外に俺の扱いが雑だった。

 俺には兄が居て、その兄が順風満帆に父親の跡を継ぐようなので、俺は大して価値が無いらしい。

 『念のため』、保険として俺も医師の道へ進めたいようだが、兄が無事に医学部を卒業して病院を継げば、勿論、俺は用無しになる。

 それでも俺は、医学部に進む道しかない。決められたレールの上。しかしそのレールに先はない。それでも…それでも、だ。






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