ヤドカリ




 今までは意識していなかっただけで、耳を澄ませてみれば、周囲を覆うのは藤真凪の話題ばかりだった。


 女子からは、賞賛の黄色い声。
 男子からは、妬み辛みのどす黒い声。

 自販機で買った紙パックの牛乳をストローで吸い上げながら、あいつ本当に有名人だな、と雄大は思う。


「聞いた? 凪、城田先輩の家を出たんだって」

「本当? じゃあ、今、『次の家』探してるのかな? 私、声掛けてみようかな!」

 そんな会話に、僅かに眉を寄せた。

 どうやら凪は、雄大に寄生する前までは『城田先輩』の家に上がり込んでいたらしい。

 城田先輩といえば、数日前に劇的なイメチェンをした一学年上の女性だ。
 長く真っ黒なストレートな髪と、漫画でしか見ないような瓶底眼鏡の地味な女という印象のあった彼女が、突如、羽化したのだ。



 ある日の朝、登校した彼女の姿は大学中を騒がせた。

 暗い廊下に佇んでいるだけで悲鳴を上げられたという伝説を持つ黒く長い髪は、大人びた甘いショコラ色へと変わり、ふんわりと愛らしいウェーブで揺れていた。
 分厚い眼鏡は消え、丸い瞳はアイライナーでくっきりとなぞられ、マスカラで補正された睫毛が覆う瞳が真っ直ぐに前を向いていた。
 いつも黒い服ばかりを纏っていた彼女が、ひらひらと膝上で揺れるオフホワイトのワンピースを着て、少しはにかんだ様に微笑する。



 正に、羽化だ。

 地味で根暗でお化けの様だと囁かれていた女が、大学で一、二を争うような美女へと変化したのだ。



 今しがた耳に入った噂話によると、彼女が羽化する数日前に凪が彼女の家に移り住んだらしい。

 それが彼女の変化に直接的に関係するのかは定かではないが、講堂内で噂話に華を咲かせる女子達の間では、『藤真凪が家に移り住むと、可愛くなれる』などと言うジンクスが出来上がったらしい。

 そして、一層激化する藤真凪争奪戦を、男子諸君がギリギリと歯を食い縛って見ているわけだ。





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