ヤドカリ




 大学へ向かうバスの中で、雄大は首を傾げながら凪の背中を見ていた。


 田舎から市街地へと向かうバスは、高齢者達の大事な移動手段になる。

 朝は病院や安いスーパーへと向かう老人達で混み合うが、辛うじて席を取ることは出来る。


 いつも通り、雄大は後部の二人席へと向かう。
 窓際に座って、通路側には鞄を置く。そうすると、広々と座れるからだ。

 ただ、今日は隣に他人が座るのだろうな、と窮屈さを事前に頭に入れてから窓際に詰めて座った。

 しかし、凪は一瞬だけ迷った様に視線を彷徨わせてから、運転手のすぐ後ろの一人席に座った。

 その明るい色の後頭部を、雄大は目を丸めて見つめていた。
 てっきり、付いてきて隣に座ると思っていたからだ。


 人懐っこく、話好きの男だ。
 バスに乗っている間も喋り続けるだろうと踏んでいたのに、離れた場所に座る凪は、コツンと側頭部を窓ガラスに押し付けて外を眺めているらしい。

 別に隣に座って欲しかったという訳でも無いが、予想とはかけ離れた淡白な態度だ。
 やはり、理解が出来ない男だった。

 徐々に大学のある市街地へと近づくバスの中で、首を傾げながらそう思った。





 更に首を傾げたのは、大学前のバス停に着いてからだった。


 途中で何人か同じ大学の生徒が乗ってきては、『噂の』藤真凪が乗っていることに気付いて戸惑った様な表情をしている。

 いつも利用するバスに渦中の人物が居るだけで話の種になる暢気な学校だ。無理は無い。

 今日一番の話題は、『なぜ藤真凪が、あの路線のバスに乗っていたのか』で決まりだろう。


 バスが目的地に着くと、続々と学生達が降りて行く。
 一番前に乗っていた凪は最初に降りたらしい。


 雄大が運転手に定期を見せてから降りると、凪は眉を寄せてバスの時刻表を眺めていた。
 帰りのバスの時刻を確認しているのかと歩み寄れば、パッと顔を上げる。
 一瞬、何か言いたげに口を開いた凪が、音を発さずに口を閉ざした。


「……藤真?」

 呼べば、目元を笑みの形に歪めて、くるりと背を向ける。
 そのまま何も言わずにスタスタと早足で構内へと歩いていく凪を、雄大はやはり首を傾げて見送った。
 ……今、何か言おうとしたよな。
 不自然に閉ざされた凪の口が、脳内を過ぎる。



「おはよう、七瀬」

 背後から掛けられた声に、凪の挙動の不審さについて悶々としていた脳がハッと鮮明になった。
 振り返れば、同じ学科で仲良くなった友人の竹中と鈴井が並んで歩み寄ってきていた。


「おう」

「今、藤真と話してたのか?」

 唐突に、黒縁眼鏡の鈴井が聞いてくる。
 窺う様なその視線に僅かに眉を寄せてから、ああ、と合点がいった。


 鈴井は凪に並々ならぬ妬みを抱いている。
 入学当初からずっと好きだった今本という女子が、凪に寄生されて心底喜んでいるのを見てしまい、失恋が確定した時からずっとだ。

 何かと凪の悪口を言うのは、鈴井の悪い癖だ。
 常に敵意を持って凪を見ている鈴井を、雄大は哀れな気持ちで見ていた。

 竹中も、鈴井程では無いが凪には嫉妬めいた感情があるらしい。
 ただそれは、『モテる男に対する』嫉妬なだけであって、鈴井の持つ、憎悪が絡んだものとは違うようだが。

 あれだけ女性に好かれるのだから、羨望やら嫉妬に満ちた目で見られるのは仕方の無いことなのかもしれない。


 癇癪持ちの鈴井を下手に刺激するのは面倒だ。

 返答に困っていれば、鈴井はニッと意地の悪い笑みを見せた。


「そんなわけねぇか。お前、藤真のこと嫌いだろ?」

「……はぁ?」

 なぜそうなるのか。嫌いだとは一言も言ったことは無いし、そもそもどうでもいい。

 鈴井は『同志』を作りたいらしい、と判断し、適当に相槌を打ってから、雄大も構内へと歩き出した。
 既に凪の姿は無かった。




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あきゅろす。
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