ヤドカリ
ヤドカリの生態観察初日



「ねぇねぇ。ゆぅ君はなんで一人でここに住んでんの?」


 昨夜の夕飯の残りのパスタを口一杯頬張りながら、凪が問う。

 冬は炬燵に変わる正方形のテーブルを挟んで座り麦茶を啜っていた雄大は、昨夜から寄りっ放しの眉間に更に深い皺を寄せた。

 結局図々しく一夜を雄大の家で過ごした凪は、悪いとは微塵も思っていない顔でパスタを咀嚼している。
 その顔を暫し睨んでいた雄大は、諦めた様に溜め息を吐き出した。


「別にどうでもいいだろ」

「どうでもよくないよ。俺が気になる」

 フォークで茄子を刺した後、それは凪の口にひょいと素早く運ばれる。

 当初の予定では、ミヨから貰った茄子とトマトをケチャップで和えてボロネーゼ風に仕上げるつもりだったが、大量に追加された烏賊を処理するために急遽トマトを煮込んだソースを作り、茄子と烏賊のミートソースパスタへと変更した。

 ついでに言うと、突如増えた同居人の分も作らなければいけなくなった為か、分量を大幅に間違えたらしい。
 余った分は止む無く今朝の朝食になった。


 耳にたこが出来るほど凪は「美味い」を連呼し、照れ臭さで雄大が台所に引っ込んでも、聞こえるように声を大きくしていた。
 今まで、自分の手料理を食べさせたのはミヨくらいだ。
 そのせいか、誰かに褒められるのはまだ慣れない。



 ぺろりとパスタを平らげた凪は、フォークを置いてからパチンと音を立てて両手の平を合わせ、目を伏せた。
 ご馳走様でした、とハッキリ告げてから、様子を窺う様に片目だけを開いてこちらを見てくる。

 暫く無言でそれを見つめ返していたが、堪え切れずこくりと頷いてみせた。
 すると、凪は満足した様ににこりと微笑んで立ち上がる。

 台所のシンクまで皿を持っていった凪が蛇口を捻って水で皿を濯ぐのを横目で見れば、ねぇ、と凪が口を開いた。


「いつからここに住んでんの?」


 諦めてはいなかったらしい。
 水を止めてから居間に戻ってきた凪が、また先程と同じように炬燵を挟んで向かい側に座る。


「子供の頃から?」

「いや。大学に入るちょっと前」

「じゃあ、一年半前くらいからか」


 言いながら手を伸ばして雄大の麦茶を奪う凪に、おい、と声を出せば、やはりお決まりの笑みを返される。


「それまでは別の所に住んでたってことだよね」

「……市役所の近く」

「大学の近くじゃん。何でここに引っ越したの?」


 凪は矢継ぎ早に問う。
 そういえば、誰かが言っていた。藤真凪はとにかく話をするのが上手いらしい。


 口下手な部類に入る雄大だが、確かに昨夜からひたすらに語りかけてくる凪を相手に会話が途切れる事は無かった。
 よく喋るが、相手が話し出せば、真剣にうんうんと相槌を打って耳を傾ける。
 凪は純粋に誰かと話すのが好きな様だった。


 ならば、と雄大は息を吐く。
 どうせ、凪にとって自分の話なぞ、数多く聞いてきた雑談の内の一つだ。
 少しくらい話をしてやってもいいか、と口を開いた。


「ここは、俺の祖父母の家だ」

「へぇ……昔からここに住んでたの?」

「あぁ。俺が生まれる前から住んでた。今は俺の両親と一緒に住んでるけどな」


 そうなんだ。凪が頷きながら返してくる。




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