ヤドカリ




「勝手に入ってくるな!」

「勝手じゃないよ? お邪魔しますって言ったもん」

「そうじゃなくて……!! 何で俺の所に来たんだよ?!」

「家が無いから」

「お前だったら、喜んで迎えてくれる女は沢山居るだろ? なんで俺なんだよ!」

「残念なんだけど、もう当てが無いんだよねぇ。それに、七瀬君が一軒家に一人暮らししてるって聞いたから!」


 言いながらも、ぐいぐいと中へと体を捩じ込んでくる凪を必死に押し返しながら、雄大は思い切り顔面を歪めた。
 質問には答えているものの、決定的な答えが返って来ないからだ。
 全体的に「ふわっとした」凪の返答に対する反論の言葉ばかりが浮かんできて、何から言い出せばいいのか解らなくなる。



 行く当てが無い? あんなに大勢の女性に好かれているのに、何を言っているんだ。

 確かに一軒家に一人暮らしはしている。でもだからって、何で俺なんだ。
 他にも候補になりそうな奴は居ただろうに、何で俺なんだ。


 一気に怒鳴りつけてやろうと口を開いた雄大だが、その口から漏れたのは、怒鳴り声では無く、はぅ、という気の抜けた吐息だった。


 開きっ放しの引き戸の玄関から、ヒョイと顔を出したのは、今年で米寿を迎えた隣家のミヨ婆ちゃんだ。
 その姿に、溢れていた怒気が萎んでしまう。

 腰が曲がったミヨは皺で覆われた笑みを湛えて、雄大と彼にへばりつく凪を見上げていた。


「あぁ、ごめん、ミヨ婆ちゃん。烏賊なら、そこら辺に置いて行っていいから…」

 ミヨの手に提げられた白いビニール袋を一瞥した雄大が慌てて言えば、くるりと首を捻ってミヨへと視線を向けた凪が、あ、と大きく口を開いた。

「さっきのお婆ちゃん!道案内してくれてありがとうねー」

「…道案内?」

「バス停から七瀬君の家までの道が解らなかったから、ここまで連れてきてくれたんだよ。ねー、お婆ちゃん」

 人懐っこい笑みで小首を傾げる凪に、こくりとミヨが頷く。
 雄大は、クラクラと視界が揺れた様な気がして、凪を押さえていた手を離して自分のこめかみを撫でた。


「ゆぅ君」

 ミヨが掠れた声で呼べば、凪はきょとんと目を丸めてから、雄大を見上げてケタケタと笑い出す。

「ゆぅ君? 七瀬君、ゆぅ君って呼ばれてるんだ? なにそれ、可愛いな!」

「うるせぇ!」

 咄嗟に怒鳴ってから、慌ててミヨを見た。
 ミヨはやはり、温和に微笑んでいる。
 その微笑に、嫌な予感が湧き上がった。





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