ラストオーダー
      後編



中庭から校舎内に入り、暫く歩いてから近くにあったベンチに座った。
翔平は途中でミニスカートの髪が長い女子に声を掛けて、一緒にどこかに行ってしまった。幼馴染みながら、その節操の無さには頭が痛くなる。


中庭に行く人の流れを眺め、それから視線を床に落とす。
少し奥まった、文化祭では使用されない棟に来たらしい。
あちこちから聞こえる音楽も、楽しそうな笑い声も、どこか遠くから聞こえてくるようだ。
目を伏せると文化祭に来たとは思えない程に静かで、少しだけ寂しくなる。




どれ位そうしていただろう。
スニーカーが廊下を擦るキュッという音で目を開いた。顔を上げれば、奴が息を切らせて立っている。

「……終わったのか?」

問えば、むかつく程の満面の笑みで頷いた。
ポンポンと自分が座っている横を手の平で叩くと、一瞬奴は目を丸めたが、ソロソロと窺いながら隣に座る。
奴が隣に座った瞬間にふわりと香った匂いに、思い切り顔を顰めた。

「お前、ソース臭い」

「! 本当ですか?!」

くんくんと自分の腕やTシャツを嗅ぎ始めた姿が、より一層犬の様で笑える。
一頻り匂いを嗅いでいた奴は突如シュンと眉を下げ、寂しげな瞳でこちらを見てきた。不意に見せた表情に、笑いを押し殺して見つめ返す。

「……本当は、ちゃんと案内とかして、一緒に回りたかったんですけど……」

その言葉に首を傾げた。
どうやら、またすぐに店に戻らなければならないらしい。

「……一週間も店に来なかったのは……文化祭の準備があったからか?」

問えば、殊更項垂れて頷いた。

「サークルの活動、ずっと行ってなかったら、勝手に出店のリーダーにされてて! 看板作れ! とか、材料調達しろ! とか、もう忙しくて」

顔を上げた奴は、ぼんやりと遠くを見つめている。

「しかも、当日は焼きそば作りで店から離れられないし……リーダーってこんなに忙しいんですね……」

あ、これ、俺が作った焼きそばです。と渡されたプラスチックの容器には、美味しそうな焼きそばがみっちり詰まっていた。他のより、明らかに量が多い。
それを眺めているとふと思い出し、また遠くを眺めていた奴をじっと見つめた。

言わなきゃいけないことがある。それを言うために来た様なものだ。
こちらの視線に気付いたのか、奴は微笑んで首を傾げた。
暫し躊躇してから、小さく口を開く。

「……お粥、うまかった」

「! そうだ! 元気になったんですね! カナタさん!」

パッと嬉しそうに笑った奴から、慌てて目をそらす。

「……店長から聞いた。店も手伝ってくれたんだろ」

「はい! いつもカナタさんってこういう景色を見てるんだなぁ、って、楽しかったです」

奴は何の邪気も無く、楽しそうに言った。
……なんでそんなに、いつも楽しそうなんだろう。

「……その……」

「はい?」

こいつの大学に来て、わかったことがある。
こいつは随分、皆に人気なんだなってことだ。優希、と誰もが口にしていた。それ程顔が広いんだろう。

誰にでも同じように笑って、いつも楽しそうで、明るくて。
俺とは違うなってこと。

それと、いつも店で向けてくる屈託無い笑顔は、俺だけに向けるもんじゃなかったってこと。
まぁ、それは……そうだよな。

自分は何を期待したんだ?
特別扱いでもされたかったのか? こいつに?

チラリと見上げてみると、未だにニコニコとしていた。
その笑顔に、何度か躊躇ってから、もう一度口を開く。

「……ありがとう、優希。すごく助かった」

言えば、一度目を丸めた奴は顔がくしゃくしゃになるくらいに笑って、それから「はい!」と煩いくらいの大きな声で頷いた。
少しだけ、奴の頬が紅くなったのに気付いて、どうしていいかわからなくなる。
居た堪れなさに視線を泳がしていると手元の焼きそばに目がいき、早口で切り出した。

「皆待ってるんだろ、もう行けよ」

「え? でも、まだ……」

シュンと眉を下げた奴を一瞥してから、先に立ち上がった。
見上げてくる奴の目を見ない様にしながら、ポケットから携帯電話を出す。

翔平に、先に帰ると連絡しようと考えて、手を止めた。
ソッと振り返ってみると、奴は肩を落として廊下の床を見つめている。

なんでそんな、あからさまにガッカリしてるんだよ……

大きく息を吐き出してから身体ごと振り返り、自分の携帯電話を突きつける。

「メルアド」

「ふぇ?」

きょとんとする奴に、眉を寄せてから視線をそらした。真っ直ぐ見つめてくるこいつの視線には、いつも耐えきれない。

「連絡先教えろ」

「……」

ぼうっと目を丸めたままの奴は、何も言わず、それに堪え切れなかった自分が先に口を開いた。

「い、一週間も店に来なかったから礼も言えなかったし、連絡先知らないし……別に心配だったとかじゃ……!」

言いかけて、口を閉じた。
携帯を握る手を、奴が両手で包んでいる。

驚いて見つめると、奴は、ただただ嬉しそうに破顔して、キュッとこちらの手を強く握っている。
その手は、妙に熱く感じた。

不意に離れた体温に、ハッと我に返った。
カタカタと手早く自分の携帯電話を操作する奴を、内心狼狽しながら見つめてしまう。

触れた温かさが、心地よかったなんて。
自分はどうにかしている。

ぼんやりとしていると、片手に握っていた携帯電話が鈍い音で振動を始める。翔平からかと恐る恐る開いてみると、知らないアドレスからのメールが届いていた。

「それ、俺のメルアドです」

聞こえた声に顔を上げると、奴はやっぱり嬉しそうに笑っていた。
その表情に小さく舌打ちしてから、アドレスを登録する。
樋山、優希。きちんとフルネームで。

未だニコニコ見つめてくる視線に耐え切れず睨みつけると、奴は笑顔のまま首を傾げた。

「―っ、さっさと戻れ!」

意味も無く怒鳴ってから憤然と歩き出すと、背後からカナタさーん、といういつもの気の抜けた声がする。

「カナタさん! 帰りは気をつけて! 明日は喫茶店に行きますから!」

知らない、知らない。
なんでこんな気持ちになるのかなんて、知らない。

角を曲がる前に一度振り返れば、奴はまだ手を振って見送っている。
奴に持たされた焼きそばは、少し冷め始めていた。





校門を出た辺りで、携帯電話が振動した。
慌てて開けば、今度こそ翔平からのメールだった。捕まえた女の子達と遊びにに行ってくる! という翔平らしい内容に、呆れて笑いが漏れる。


………………………ん?

ふと立ち止まった。

なぜ、奴は、俺の携帯にメールを送って来れた?
まだ、メルアドを、教えていないのに。


「……あの、変態!」

どこから俺の個人情報を盗みやがった!

一発ぶん殴ってやろう、と、今歩いて来た道を大股で戻る。

本当に、退屈しない奴だな、と綻んだ口元は、すぐに引き結んだ。




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