ラストオーダー
      中編




色とりどりの風船や紙花で飾り付けられた校門と、『漆都大学祭』という看板を見つめて、溜め息を漏らした。
それに対して、隣に立っていた幼馴染みの翔平が笑いを堪えていることに気付いて睨む。
翔平は片手で口元を覆い、クックッと肩を震わせながら笑っていた。

「なんだよ」

「いやー。『来て』って言われたからって、本当に来ちゃうんだな、彼方。意外ー」

翔平の言葉と悪戯気な笑みに、ハッとして大袈裟に眉を寄せた。

別に、来たくて来たんじゃない。
たまたまバイトが休みだっただけだし。
暇だから来てみただけ。
別にあいつに誘われたから、とかじゃない。

ガトリング銃の様に早口で言えば言うほど、翔平の笑いは大きくなっていく。漆都大学の文化祭に行って来る、と何気なく言ってしまった時から、ずっとこの調子だ。妙に嫌な笑いで見てくるし、今日だって誘ってないのに家まで迎えに来やがった。
チッと舌打ちしてから歩き出すと、翔平が駆け寄って隣に並んだ。

大学の敷地内のあちこちで出店やイベントが催され、酷く賑やかで明るい空気が漂っている。
甲高い女子の声に、あまり上手くないバンドの演奏。
自慢の唐揚げを売りたがってやたらと声を張り上げる生徒……

こういうそわそわした賑やかな雰囲気は、嫌いじゃない。
見ているだけ、そこにいるだけなら、賑やかなのも良い。ただ、そのノリに乗れるかとどうかと聞かれると、自分は乗れないが。

「で、えーと、ユウキくんだっけ? 彼って、どこにいるわけ?」

「知らない」

「知らないって……」

奴の学科も学部も何一つ知らない。
言えば翔平は困った様にあちこち見ていたが、突如踵を返すと、近くにいた化粧の濃い女子の肩を微塵も臆することなくトントンと叩いた。

「ねぇねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

まさか、案内させる気か? と眉を寄せて見ていると、声を掛けられた女子はキラキラと目を輝かせて翔平を見つめていた。
昔から翔平は無駄に女に好かれていたが、まさかたった一言で釣れたのか?
幼稚園からずっと一緒にいる腐れ縁としては、翔平の女癖の悪さが良くわかっているためか、なんでこんなにモテるのか全く理解できない。まぁ、男友達としては、かなり良い奴ではあるけれど。

「ユウキくんって男の子、どこにいるか知ってる?」

……なんていう無茶ぶりだ。
ユウキ、なんて名前、割合的には結構多いぞ。
この大学に何人男性がいると思ってんだ。そのうちの何人がユウキか解らないだろう。

半ば呆れ気味に眺めていたが、化粧の濃い女子は、え? と付け睫で囲まれた目を見開いた。
それから、ちらりとこちらを見てくる。次いで、隣にいた女子と何やら顔を見合わせて目を丸めていた。

「ねぇ、もしかして……」

「絶対そうだって…」

ちらちらちらちらと人の顔を見ながら何なんだ。遠慮しているのか不躾なのか解り辛い視線がびしびしと刺さっている。
小さな苛立ちを抑えて眉を寄せていれば、不意に化粧の濃い女子がこちらに窺う様な表情を向けてきた。

「もしかしてー……『カナタさん』ですか?」

不愉快だった気持ちが、一転して嫌な予感に変わった。
こちらが肯定する前に、彼女達はパァッと顔を輝かせる。
まるで、新しい玩具を貰った子どもの様に無邪気に。

「ちょっとみんなーっ!! 『カナタさん』キターー!!」

女子特有のキンキンと響く声で、彼女が叫ぶ。隣にいる翔平は、異常に楽しそうに辺りを見渡している。


「え!? まじ?!」

「あの、カナタさん?!」

「優希の?」

「そうだよ、優希の!」

周囲から次々に聞こえてくる言葉に、頭が痛くなった。

なんだ?!
『優希の』ってなんだ?!
なんで皆知ってんだ?!
あいつ、大学でも人の名前連呼してんのか?!
しかもなんだ?!
なんか皆、生暖かい視線向けてないか?!

咄嗟に助けを求めて翔平を見るも、奴は素知らぬ顔で近くにいた女子と親しげに話している。
なぜ人を放っておいてメルアドを交換する?!

嫌に突き刺さる視線に耐えきれず、慌てて踵を返した。
しかし、その手首を掴まれてビクリと大きく肩が揺れる。
恐る恐る振り返り、僅かにだがホッとした。手首を掴んでいたのは先日店に来ていた、あの青年だった。

「あんた……」

「カナタさん、優希はこっち!」

困ったように笑った青年は、促すようにこちらの手を引いて歩き出す。
それに気付いた翔平が走って後を付いてきた。手を引かれながら不安気な目を向けると、翔平は肩を竦めてみせる。

青年に手を引かれながら、どんどん校内の奥へと入って行く。
その間も、あちらこちらから『カナタさん……』『カナタさん……』と木霊の様にひそひそ聞こえるのは気のせいであって欲しい。

階段を上がり、廊下を進み、視線に耐え。
辿り着いたのは、中庭と思われるスペースだった。

四方向を高い校舎に囲まれた広い中庭には多くの出店が並び、多種の揚げ物の匂いが混ざって酷い異臭になっている。
こういう無秩序な感じは、文化祭特有だと思う。

異臭に怯みもせず突き進む青年が、おーい、という声と共に手を振った。
その視線の先は、際どいレインボーの看板を掲げる『心霊サークル焼きそば』という一角。

なんて食欲をそそらない店名と色なんだ……
その割には、焼きそばを買い求める姿が見える。味は良いのだろうか。

青年の声に、店の前や中にいたサークルの会員らしき、エプロンをした生徒達が一斉にこちらを見た。
皆、一様に楽しげな笑みを浮かべてはいるものの、どこか陰気臭く見えたのは『心霊サークル』の文字のせいだろうか。
青年に手を引かれるまま店の前まで来ると、焼きそばの良い匂いがする。これは、本当に美味いのかもしれない。

プレハブ小屋の奥では、背中を向けて必死に鉄板の上の焼きそばを作る男性が一人。
その後ろ姿だけで誰なのか解ってしまったのが、妙に腑に落ちない。

「迷子になってたから連れてきたー」

そう説明する青年に、誰が迷子だ! と叫びそうになるのを堪えた。
やはり心霊サークルの面々も、やたらと興味津々に目を輝かせている。居心地の悪さがメーターを振り切ってしまいそうだ。

しかし、背を向けて焼きそばを作る男性は一心不乱で、客が来たことにも気付いていない。項を大量の汗が流れ、首に掛けられた白いタオルに吸い込まれていく。
店の中で出来た焼きそばを片っ端から透明なプラスチックの容器に移していた少女が、慌てて男性の肩を叩いた。

「ちょっと、優希! 優希!」

「え、なに?! また追加?! もう無理だよ、腱鞘炎になるよ、休ませてよぉぉ」

背中を向けたまま情けない声を上げるのは、やはり『奴』だ。
脇に置いてあるソースを鷲掴み、大雑把に鉄板の上に撒き散らしていく。熱い鉄板に流されたソースが蒸発するジュウという音が、妙に食欲をそそる。薫ってくる匂いもなかなか本格的だ。
ドッタンバッタンと忙しなく動いているのは調理する男性のみで、他の生徒達はただ立って話をしているだけだ。良いだけ客を呼び込んでは、男性に焼きそばを大量に作らせる。とんだ奴隷だ。

「違うって、優希! カナタさん!」

「カナタさん? カナタさん、来てくれるかなぁ? 来てくれたらもう俺、このまま焼きそばになってもいいんだけどなぁ」

手を止めずにそう言う奴に、思わず吹き出した。

焼きそばになるって何だ?
こいつ馬鹿か?
ああ、そうだ、馬鹿だった。

目を丸めて振り返った奴に、手で口許を押さえて笑いを堪えながら眉を下げる。ポカンと開いている間抜けな口に、尚更笑いが込み上げてしまった。

「カナタさん?!」

勢い良く振り返った拍子に、奴の周りにあったボウルやら容器やらがガラガラと崩れ落ちていく。ふぁぁ、と情け無い声を上げてそれらを拾い上げる姿は最高に格好悪い。
そんな姿に笑いを堪えきれず、口元を片手でしっかりと押さえつけながら顔を逸らした。

「かかかっカナタさん、来てくれたんですか?!」

言いながら出て来ようとするのを、青年が押さえつけて店内に押し戻した。
それに不満そうにした奴に対し、サークルの会員達は一斉に口を開く。

「ちょっと! 優希が居なくなったら、誰が焼きそば作るのよ!」

「仕事放棄すんな!」

などと言われた奴は、今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見ている。
その捨てられた仔犬の様な目に、必死に笑いを噛み殺しながら目を細めた。
どうやら奴は、焼きそばを大量生産しなきゃいけないらしい。
一度咳払いをしてから、継続していた笑いをどうにか吹き飛ばしてから奴に視線を向ける。
やはり奴はすがる様に眉を下げてこっちを見ていた。

「さっさと終わらせろ」

一言、ただそう言っただけなのに、奴は面白い位に目を輝かせて、それから満面の笑顔で「はい!」と笑った。勤勉な奴隷だ。

すぐに背を向けて、また焼きそば作りに忙しなく動き出すのを眺め、無意識に口元が緩む。
……翔平がまじまじと顔を覗き込んできたことで、自分が微笑んでいたことに気付いた。
慌ててキッと眉を寄せて睨めば、翔平はニヤニヤと口を歪めて腕を組む。
どうにか誤魔化す様に舌打ちをして、中庭から出ようと踵を返した。






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あきゅろす。
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