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決裂の末 -psychology and truth- 本編
水屑音通4丁目

「_え?」
「行くわよ、空人」
「……」
「ちょ、ちょっと待ってよ母さん…ねえ、冗談だよね?…兄ちゃんも何か言ってよ!」
「……」

信じられない光景だ。
脳が状況の理解に煩悶している。追い付いていけていない。

コートを着込み、たくさんの荷物を抱えている母と兄。紛れもなくこの家を出ていく意思を示している。…何故そのようになってしまったか分かっていても、俺は必死に引き止める。引き止めなければいけない。

「と、父さんとさあ、もっと、ちゃんと…」
「……」
「話を…し…て…」

母は聞く耳も持たないという様に今度は玄関の靴を片付け始めた。家族で女性なのは母しかいない。家の中の女性物用品は全て回収していく母。
…と、横で突っ立っている兄。
兄の目には、様々な感情が錯綜している様に見えた。

「ね、ねえ…まだ大丈夫だって、ね?兄ちゃん…」
「……」
「何か言ってよ…だってまだ…」

必死に声を掛ける。家族がバラバラだなんて、考えたくない。
それにこの小さな国の中で、彼らは何処へ行くというのだ?此処は周りは海に囲まれている島国。他国へ行く気なのか?

「父さんだって、カッとなっちゃっただけだよ!ね、兄ちゃん…もう1つの方の学校だって…」



「…海斗」



「え」



兄。
俺の名前を呼んだのは兄。

苛立った様に俺を見るのは、積極的に出て行く為の荷造りをしていた母ではなく…兄。



「…煩い」



どうして?



兄と母はそのまま何も言わずに家を出て行ってしまった。
…重く閉まる、扉の音を響かせて。



* * *



昨日の夜。

俺は寝支度をしている最中父に呼び出された。
放って置かれるとそのまま寝てしまいそうなくらい睡魔に襲われていた俺は、寝惚け眼で広い家をよたよたと歩き、父がいる談話室まで辿り着いた。

国民の数よりも多くの数を収容できそうな無駄に広い談話室で、俺は父と向かい合わせになって座る。

「…何?」
「眠いか?短い話だ。けれども、とても大切な話だ。終わるまで我慢してくれ」
「うん」

とりあえず承諾はしたが、何故俺1人なのだろう?
そして、何故このタイミングなのだろう?

「まあ、単刀直入に言うと」

俺が持つ疑問を次の言葉で全て解決してやると言う風に、父は一息置いて言葉を放った。



「…空人が志望校受験に落ちた」



…落ちた?



「落ちた?」
「落ちた。不合格だ」

受験に落ちた?兄が?
まさか。

「…ぽかんとしているが、本当の事だ。空人は春には別の高校に入学する事になる」

…まあ、受験に落ちたからね。

パニックに陥ったせいか、変に冷静な自分がいた。

執拗い様だが、この国は非常に小さい。
小さいという事は人口も少ないという事で、つまりは教育機関も発展していない訳では無いが、そんなに豊富ではない。
高等教育の概念はあるが学校はたったの2校。
1校は至って普通の高校。
もう1校は兄が受験した…難関と言われる名門高校。

「海斗。明桜家は代々優秀だと言われ続けてきた。勿論先祖も俺も皆、名門高校を卒業している」
「う、うん」
「しかし空人はその受験に落ちた。…どういう事か、分かるな?」

背中に嫌な汗が伝わる。
明桜家が優秀なのは物心ついた時から知っている。
だから俺もその高校を受けさせられる予定だし、その卒業先だって何処かで大成功する事が期待されている。

しかし、兄はその原点となる高校受験に落ちたのだ。

齢11程の俺でも父の続く言葉を予想出来た。
だからこそ、聞きたくなかった。



「…空人は明桜家の恥として、この家から出て行ってもらう」



* * *


…居なくなってしまった。

兄も、母も…。

兄が父に勘当し、兄に同情した母が一緒に出て行った。
受験に落ちたくらいで…と思ったが、父にとっては明桜家の名誉を傷付けられたのと同等の行いだと感じているのだろう。

俺も2人に付いていきたい。
どうして置いていくんだよ。
…2人とも、俺の事なんか忘れてしまったみたいに。

…"忘れてしまったみたい"?



"もし、記憶が消えたら…って思った事ある?"



「…!!」

そばかすの彼女の顔が、姿が、脳内に現れる。
そういえば、おさげの少女は半年以上経っても学校には来ていない。



"でも、記憶が消えちゃった人より、その家族の人の方が、余程悲しい、と、思う…"



彼女の安否を心配するよりも、俺は今さっき出て行った兄と母の事についてずっと考えていた。

家族の方が悲しい。
今、俺は…。

兄や母の記憶が突然消えるなんて信じ難い。
じゃあ何故兄は俺に向かって煩いと言った?
兄は此処にいたくなかった?俺と生きたくなかった?

いつも温厚で、ほわほわしてて、掴み所がないけれど頼りになる兄。

誰よりも優しい兄が…塵芥を見る様な目を俺に向けた。

その事が悲しくて、辛くて。

俺はこの先、どうしたらいいのか分からなくなった。


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