決裂の末 -psychology and truth- 本編 核に触れる寸前 …飛び出したはいいが、行く宛もないフラムは、ハウス内をフラフラと彷徨っていた。 外はもう暗くなり始めている。レヨ達はもう直ぐティスタに帰ってしまうだろう。 しかし、見送る為だけに出ていったばかりの部屋に戻るなんて、何だか格好がつかない。 「はああー…」 格好なんてつけなくていいと思うが、やはり碧音に合わせる顔がない。気不味い空気が更に気不味さを極めてしまう。 とりあえず訓練所から離れ、エレベーターに乗り込み、4階の男子寮と女子寮を繋ぐロビーで時間を潰すことにした。 フラムは寮ではなく住宅地に家を持つ。 帰ろうと思えばもうこのハウス内にいる理由はないのに、何故か帰る気もしなかった。 そんな自分の可笑しい感情に余計に腹が立つ。 「あああああ!なんなのっ!もう!フラムが間違ってるのー!?」 人がいないのをいい事に、先程から散々な程溜まっているフラストレーションを吐き出す。 …と。 「あれ、フラム?」 「おわっ!??!?」 完全に背後をとられたフラム。 突然話し掛けたその人物は、フラムが良く知っている人物であった。 「…ワンダー!」 「もう。飲み物買いに来たらなんか1人で叫んでるんだもん。訓練とかは?どしたの?」 「そ、それは…」 既に飲み物を購入済みであるワンダーは、フラムの隣に座ると、柔らかな笑顔を見せる。 全てを包み込んでくれる様な笑顔だ。フラムは彼のこの顔を見ると、母親の事を思い出して優しい気持ちになる。…それと同時に、何故か哀しい気持ちにもなる。 「もしかして喧嘩?…新入りの…レヨって子?」 「れ、レヨちんは何も関係ないの!…その、ワンダーが言ってたってアオちゃんが…」 「…僕?あっ」 ワンダーの手元にある蓋を開けられた缶は微かに揺れる。 そして、彼は座高の高さをフラムに合わせて、息を潜める様に耳元で小さく話し始めた。 「もしかして、秘密組織の事…?」 「そ、そう…シオちゃんの事」 「やっぱりお兄さんか…」 「フラムは…シオちゃんが何しても兄弟なんだから。アオちゃんには存在すら感じたくないとか、大嫌いとか、そう言うの言わないでほしいの…でも、シオちゃんが悪い事してるのは本当なの?フラムとアオちゃん、どっちが正しいの?」 「…うーん…?」 そこまでの情報は持ち合わせていないのか、それともフラムの足りていない言葉から状況を察するのが困難なのか、困った顔を浮かべるワンダー。 もうすっかり外は暗くなっていて、ビル等の明かりが目立つ。 フラムはその明かりを見詰めながら、再び口を開ける。 「…きっとね、フラムの弟もシオちゃんと同じ所にいる気がするの」 「フラムって弟がいたの?」 「いたよ。でもね、修理する必要があるって、フラム達は離れ離れになったの。それから1度も会ってないの」 「………」 秘密組織には、どのような人材が集まるのだろうか。 フラムの魔力を知っているワンダーは、フラムの弟も大層な魔力を持っていると予想する。 「でも、フラムはちゃんと弟…ヒューズの事を想ってる。それはフラムはちゃんとヒューズの事を知ってるから。アオちゃんがどれ位悩んでるか、フラムには分からないけれど…少しはシオちゃんの事、知ろうとしてくれたらいいのになって」 「フラム……」 ああ、恐らく紫音に対する思いの違いで決裂してしまったのだろう。 確かに碧音は昔から自分の事について話したがらない。紫音の話題なんて出せば殺意が籠る目で睨みつけられる。 本人の立場が難しいからなのか、そこまで怒る必要があるのだろうか…。ワンダーはぼんやりとそう思う。 「フラム、それ、碧音にちゃんと言った?」 「言ったよ!でもね、全然聞いてくれないの…」 「伝え方が悪かったんじゃない?」 「伝え方?」 「そうだよ。碧音が紫音の事を嫌っている。嫌いな奴の事、興味津々に調べる奴なんて中々いないでしょ?」 「ふむう。確かに…?」 「フラムがどうして紫音について知ってほしいのか。或いはフラムが調べて、何か分かったら碧音に報告したらいいんじゃない?」 「フラム、それで上手く仲直りできるかなあ」 「…できるよ。多分」 「何それ!適当だなあ」 「適当なんかじゃないよ。僕も仲間が喧嘩してるままは嫌だからね」 そう言いながら、ワンダーは立ち上がる。 飲み終えた缶をゴミ箱に捨て、フラムの横を通り過ぎて夜景が並ぶ窓へと歩いていく。 自分の顔が硝子に反射するくらいには近付いたワンダーは、 「じゃ、一緒に碧音のところに行こっか」 ニッコリと、笑顔でフラムにそう呼び掛けた。 * * * 『メテンプシューコーシス?』 『そうです。明日、もしベリタスに来れたら、調べてほしいのです』 「……」 『…わかった。暗乃が今日行ってた図書館に行けばいい?』 『いいえ、もちろん図書館でも調べられますが…。碧音さん自身の事なら、ハウス内の資料館で見られるはずです』 『なるほどね。それじゃあどっちも行ってみようかな』 『お願いします…恐らく私は明日レヨさんと暗乃さんの訓練に付き添わないといけないので』 『そうだよね。僕は僕で出来る事をするね』 『ありがとうです!暗乃さんから風雅さんは博識だと聞いたので、きっと情報集めの方が適役だと思います!』 『僕もそう思うよ』 『ですね!それでは、おやすみなさいー』 『おやすみ』 「…ふう」 隊の中の通信手段であるロインを閉じ、ベッドの上に深く腰掛ける。 全体的に黒く纏められた自室で、自分の白髪だけがやけに目立って見えた。しかしもうそれも慣れた事である。 部屋の持ち主…風雅は、今さっき閉じたロインを再び立ち上げ、先程話していた『紅です』と表記された相手との個人チャットをもう1度確認する。 「…メテンプシューコーシスか…」 どこかの国の言葉では"輪廻"という意味。 それが碧音の誕生や存在に関わる事だというのか。 風雅はベッドから離れ、勉強道具や参考書が所狭しと並んでいる机に向かい、1冊のノートを取り出した。 『ベリタスの生い立ち』 自分の文字でそう書かれているノートを捲り、真っ白な1ページ目にペンを走らせた。 __結局フラムが出ていった後は解散になり、各々家路を帰る事になった。 『あ』とシンプルに名付けられたベリタス特殊防衛隊のグループチャットでの会話は、紅の『見付かりませんでした』という報告と自分ら新メンバーの挨拶という事務的な会話で途切れた。 その後、暫くして紅から『ちょっといいですか?』と個人チャットがとんできて、碧音の話題になったところだ。 正直ロボットに興味がある者として、家族の出来方やフラムの言う訳ありの詳しい意味、そして今日新しく疑問に思えた碧音の存在__それらを知り尽くしたいと思っていたところだ。 生まれ付き戦いに不向きだという事の代わりにこうした情報収集を任されたのはお互いに好都合だといえる。 風雅はノートに何かを書き終えるとそれを片付け、ベッドに潜り電気を消した。 『ジャーナル1 ・フラムは家族がいる。 ・ロボットにも家族の作り方がある。 →親となる2体のロボットの核となる心液を混ぜる。 ・碧音はメテンプシューコーシス? ・メテンプシューコーシスとは? ・レヨと暗乃は過去に何かあった?』 [return][next〕 [戻る] |