決裂の末 -psychology and truth- 本編 決断力 「へえ、家出?」 「…はい、まあ…」 「家族かあ。そんじゃ、今から行くところに君の家族がいるの?」 「確信はないですけれど、私が過ごしてきたところにいないのは確かなので」 「そうかそうか。まだ若いのにね」 「あなただって、大人らしくないです」 「…ハッキリいうねぇ。まあ、ボクも今年で16だけどね」 「どうして、仕事に就いているんですか?」 「家庭の事情ってやつだね。君だってそうだろ?いくつ?」 「…8歳」 「思ったよりも幼い!!国についたら、ボクが案内してあげるよ?」 「うーん、大丈夫なんですか?」 「あはは、いいっていいって____」 * * * 「_…っ」 ハッと目が覚める。 目を開けた瞬間、朝日が眩しくて再び目を閉じるが、眠気は訪れなかった。 ___7時すこし前。 起きるのには丁度いい時間だろう。 少女は身体を起こし、朝の支度を始めた。 「おっ、おはよう、レヨ」 「…おはよう」 二階にある自室からリビングへと下りてきた、レヨと呼ばれた少女は、中央にある椅子に腰掛ける。 「おじさん、また徹夜したの」 「まあ、俺も忙しくてな、すまんな」 「だからいつも私が朝ごはん作るって言ってるのに」 「いいや、レヨは何も心配する必要はないよ」 「心配というか、なんというか…」 毎晩遅くまで仕事をしている叔父は、朝方に帰ってくるため、朝ご飯などは毎回簡単なものである。 レヨは朝ご飯のメニューよりも叔父の体調管理の方が不満だが、彼から心配するなと言われると中々推せない。 「そうだ、レヨ。そろそろ進路選択の時期なんじゃないか?」 目玉焼きを皿にのせながら叔父が問う。 レヨは少し目を細めた。 __言わなくちゃ。 これ以上学問の道を選んだとしても、叔父に負担がかかるだけだ。 義務教育をあと少しで終える身。私だって叔父の役に立ちたい。 ずっと言いそびれていたこの言葉。 今日こそ言わないと。 「あの、そのことなんだけど_」 「高校、どこ行くんだー?」 叔父の声に掻き消されたレヨの意思は、空気中へ消えていく。 …高校? 「高校…?」 「そうだ?お前、真面目に勉強やってたし割と成績良かったんじゃないのか?」 「別に、真ん中の方だけど」 「そうだったっけ。まあ、行けそうな所選んで__」 違う、違う。 私は高校には行かない。 働いて、あなたの負担を軽くしたい。 「私、高校は」 「行きやすいのはやっぱ姉妹校の彼処か?ちょっとした試験があるんだっけか。まあレヨにはちょろいだろ。あとは彼方のほうの高校は少し学力高めだけれど__」 「…高校は、いかない」 「…へ?」 本気で驚いているであろう、呆然とこちらを振り向く叔父の顔は、非常に滑稽だった。 「高校は、行かない」 「な、なんで」 「お金…かかるし」 だから…と続けようとしたところで、叔父が物凄い速さでこちらへとんできた。 さっきの滑稽な顔とは真逆で、今までに見たことない、背筋が凍りつくような形相だった。 「か…金とか、俺のこととか気遣わなくていいから!レヨが高校行くための金くらいあるわ!」 「そ、そう…?」 「そう!だからレヨは何も気にしなくていい!それでも、進学したくないって言うなら…」 「…おじさん?」 「…いや、でも俺は勧めはしないぞ。今のレヨにできる仕事なんて、船漕ぎだけだからな」 …船漕ぎ。 この国ミレーレと、隣国を行き来するための船を操縦する仕事。元々交流が栄えているミレーレと隣国故に、その仕事の需要性はあながち低くはない。 「…船漕ぎって。もっとないの?他になにか…」 「…ない。少なくとも、今のレヨには」 「今の私?」 「そうだ…あっ」 叔父は突然電源が入った玩具のように顔を上げ、台所の方へ戻る。 あちゃー焦げちゃったかーというと同時にその目玉焼きの失敗作を自分の皿に盛って、また戻ってきた。 二人分の朝食が食卓に並べられ、向かい合う形で座り、話をしながら食事も進める。 「そう、船漕ぎ。なんでそれしかないか、わかるか?」 「んー…?」 「ヒーント」 わざとらしく、園児にクイズを出すかのように叔父は人差し指を立てる。 「今の時代だから、レヨには船漕ぎしかないんだ」 「んん…?」 「わからんか?レヨはまだこーんなひよっ子だ。そんな奴がほかの仕事って言ったって、今はいれてくれるわけがない。…今は、な」 「あ。…ロボット?」 「ビンゴ」 隣町のギルを渡ると見えてくる、さらに向こうの街。 そこにはロボットが住んでいる。 「つまりは、そのロボットに負けないよう、こっちも有力な人材を固めて仕事やってんのさ」 「ロボットと、張り合ってるの?」 「うーん、張り合うというか…劣りたくはない、みたいな?」 「同じ、国に住んでるのに」 「今かなり物騒でヤバいことになってっから、向こうは。だから、優秀なエリートしかとれない状況なんだ」 「だから、全く逆の場所で仕事する船漕ぎしかないってこと?」 「そう。船漕ぐだけなら中卒でもできるって言われてるからな。俺は進学した方がいいと思うぞー」 かなり食べ進め、残り少なくなった朝食を全て口の中に入れ、水を飲み、少し考えてもレヨの心は変わらなかった。 「…やっぱり、私は就職にする」 「…」 「今の暮らしも充分幸せだけど、でも私はいつか独立して、自分の目的も果たさなきゃいけないから」 「…目的?」 「うん、私が"この国に来た"理由」 「あー。わかったわかった。結局は俺が子ども離れしてないだけなんだよな…」 「…」 「ま、よく考えとけ。船漕ぎしかないっていう大事な知識持てたんだし」 「…うん」 朝食を食べ終えた二人は、それぞれの勤め先へ向かう。 _冷蔵庫に貼り付けられている、陽の光を浴びている進路調査を置き去りにして。 [return][next〕 [戻る] |