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書物〜Storys〜.2
◆1日目〜事の始まり〜~01
まぁ、俺が真織に好意を寄せているのは秘密である。特に本人には……。
真織は優しい娘だ。友人である俺が告白なんかしたら絶対に彼女を困らせてしまう。本当は、優人の事が好きなのに……。
そう、これは叶わぬ恋。叶わないと分かっているのに、それでも俺のことを見てくれるかもしれないと、諦められずにいる。なんで諦め切れないでいるのかは俺自身、よく分かっている。
俺が、今の友人関係があまりに心地よいから、壊したくなくて、きちんと真織の返事を聞いていないからだ。ここまで分かっているにも関わらず、諦められないなんて…自分の事ながら愚かしくて笑えてくる。……らしくない。
だから、俺は皆の前では何でもないように振舞うように徹底している。
真織が近い未来に、優人に想いを伝えられるように、俺はただ応援してやるだけ……。
苦しいが、辛くはない。好きな女が幸せになる為だったら、俺は俺自身を捨てても構いはしないから…。
だから、今はただ…。ただ、この変哲もない日常を享受出来る時を俺として生きる…。それだけ。

「どうしたの、木原くん?いつになく難しい顔してるわね」
「俺がいつ、難しい顔をした。少し呆けていただけだ。気にするな」
「そう?ならいいんだけど。それよりもさ、今日まで気付かなかった藤田くんはともかくとして、木原くんには一昨日私があげたでしょ?どうして付けないの?」
「渡した?付ける?何のことだ」

俺が少し考えた後、小首を傾げると奏は少し不満そうな顔をする。

「もう、とぼけないでよ。天使のたまごよ、天使のたまご!」
「ああ、あの願い事をして身に付けていると、その願いが叶うとかいうやつか」
「そう、それよ。それをどうして付けてないのよ?」
「俺は根本的にそういった類は信じない。なら、身に付ける必要性はないんじゃないか?」
「それはそうだけど…」
「そもそもからして、こういった物に願掛けをするのは構わないが、それで願いが叶った例が合ったのか?ないだろう。そんな信憑性の欠片もないものに頼るくらいなら、俺は自分で望んだものは手に入れる。それが確実だ」
「そ、それはさすがに言い過ぎだと思うわよ?」

奏がちらりと真織を見る。俺もそれに倣って真織を見る。
真織はその俺が批判したペンダントを切なそうに弄っている。…これは失敗したか。

「大丈夫だよ、真織。俺はなにも天使のたまごの存在自体を否定した訳じゃないさ。ただ、俺の主観論を述べたまでだから、真織が一途に願っていれば、きっとその願いは叶うさ」
「え、秀くん?」
「すまないな。真織がそれにきちんと願い事しているの知っていたのに変な事を言ってしまって」
「ううん。それが秀くんの意見なら仕方ないよ。それに私、気にしてない、から…」
「ごめん。そんなに傷付けるなんて思わなかった。謝る」
「いいよ、気にしないで」
「……嫌われちゃったみたいだな。悪い、急用を思い出したから俺は先に行っている」

俺は小声で呟くと、適当な言い訳でその場を離れようと走り出す。

「え?」
「ちょ、ちょっと、木原くん!?」
「待てよ、秀一!」
「話は後で聞く!」

俺はそれだけ言うと、一気に走る速度を上げた。
失敗した。嫌われた。そう考えるだけで、切ない気持ちでいっぱいになる。
らしくない。らしくない!らしくない!!
俺らしくない!!!
俺は溢れてくる切ない気持ちを、自分を罵るようにして消し去っていく。

―秀一、泣いているのか?
「―泣いてなどいない!」
―だが、心は泣いているぞ。弱いな、秀一。あの程度で心が泣くとは。
「―ああ、所詮はお前から見れば、俺はさぞ弱いだろうな!!」
―そう私に当たるな。
「―なら、黙っていろ!」
―ああ、そうさせてもらおう。

ゼクスが俺を哀れむように話しかけてきたので、俺はそれを子供のように喚いて黙らせる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

走っていたら、いつの間にか学校の前に俺は立っていた。
激しく鼓動する心臓と、荒く呼吸を繰り返す肺を落ち着かせるよりも早く、俺は校門を通り、そのまま校舎へ入らず、校舎裏に向かう。
そして、屋上へのショートカットである非常階段を昇り、屋上へと出た。
夏の青空が少し近くなる。その青さが俺を少しだけ落ち着かせてくれる。吸い込まれそうで、どこか解放されていくような感覚…。俺は空を見るのが好きだ。
どんな時でも、空は俺を迎え入れてくれるから。そう、あの時と同じように…。

「ホームルームまでは、ここにいるか…」

俺はそう呟くと、屋上にある腰掛に横になる。
そうすると、わざわざ見上げなくても空が見えるようになる。
何も考えずにぼーっとしていると、心の中で深い悲しみが湧いてくる。でも、それは不思議と心地の良さをも覚えるものだった。
大切な家族を殺してしまった悲しみ。人が消えていく悲しみ。世界が消える悲しみ。始まりなど訪れない終わり。
それらの悲しみを俺は知っている。あるものは自らが。あるものは擬似的に、体験したものだ。
俺の思考がどんどん暗闇へと落ちていく。
世界を滅ぼそう。
そう考えるようになったのはいつ頃だったか…。たしか、10歳の誕生日を迎えた日だったか。その日、ゼクスは俺の中で目を覚ました。俺と共に世界を消滅させる為に……。
あの日以来、俺は世界を滅ぼしたくないと願う一方で、世界を滅ぼしてしまおうと考えてもいる。
世界の消滅…。なんて圧倒的な恐怖を感じさせると同時に、甘美な響きだろうか。
俺の精神の中では、ゼクスが目覚めた日から、少しずつ堕天使としての意思も育っているのだ。それは人としての恐怖も、堕天使としての歓びも感じるはずだ。
……どれだけ、そうしていただろうか。少し離れた所から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「秀くん!秀くん!どこにいるの!?」

声がだんだんと近づいてくる。声の主がこの屋上に近づいてきている証拠だ。
俺を呼ぶ声がふいになくなり、小走りに近づいてくる足音が聞こえる。俺はその足音のした方へと視線を移した。

「秀くん…」

そこには真織が安堵したような顔で立っていた。
俺はいまいち信じられずに、何度か瞬きをしてみるが、状況は変わらず真織はそこに立っていた。

「真織…?」
「もう、急に走って行っちゃったから驚いちゃったよ」
「だから急用を思い出したからだと…」

俺は横になっていた体を起こしてベンチに腰掛け直して、真織に座れる場所を作る。
真織は俺に意思を解したのか、作ったスペースに腰掛ける。

「でも、急用があるようには見えないよ。ねぇ、どうしたの?さっきの事だったら、本当に私は気にしてないよ」
「………………」

今、一番触れて欲しくない事に触れてくれる……。

「どうしたの?気分でも悪いの?」

真織が俺の肩に触れた瞬間、俺は反射的にその手を払い除けていた。
真織は驚きの顔を隠せずにいる。俺は瞬間に自分が何をしたのかを理解した。

「す、すまない」
「ううん、私こそごめんね。いきなり触ったりしたから…」
「そうじゃないんだ。俺、さっき真織にあんなこと言ったから、もう嫌われたかと思っていて……。それで、なのに真織は俺を探しにきてくれて。心配までしてくれたから…。ただ、信じられなくて、つい…」
「秀くんってやっぱり意外なところで臆病なんだね。私が簡単に秀くんを嫌いになったりしないよ。だって、秀くんはいつでも私の傍にいてくれた、大事な幼馴染みだもん…。嫌いになんてなれないよ」
「真織…。ありがとう……」

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あきゅろす。
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