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依頼をどうぞ。




しばらく腕の中に納めていた帝王の体が静かに動く。
それを感じた狼が腕を動かして帝王を解放した。
顔をあげて狼を見た帝王の目じりは赤く、狼の胸元もぐっしょりと濡れている。
こんなに泣いた帝王を見たのは初めての狼はただ混乱するだけだったけれども、深呼吸を一つして、帝王に質問を投げかける。

「どうした?」

その質問に帝王は顔を伏せて、ぽつりと言った。

「居場所が、ない」



居場所がない。
居場所。
ファミリーの中に?
帝王の答えに狼の脳内は高速に動き始めた。

帝王はとあるファミリーの次期ボスで、すでに自分の守護者をそばに置き、その守護者たちに慕われている。
暇さえあれば帝王に構ってもらいに来るほどだ。
それなのに、居場所がない、とな?

「一人の女が、来てからだ」

前に彼女のファミリー最年少の少年を陥れたあの少女はすでに彼らが始末したはずだ。
新しい奴だろうか。

ぽつりぽつりと帝王が言葉をこぼす。

いつのまにかボンゴレファミリーに入っていた。
その前の経歴がない。
そのことに対して四代目に聞いてみると、彼女は孤児だったとのこと。
孤児だっただけでファミリーに?今までにないことに疑問に思うもそれ以上はファミリーではないため聞けず。

「とにかく、うまいんだ。人の心に入ってくるのが。気が付いたら、あいつらも虜になってやがった」

いつの間にか接触していた守護者たちも魅了されてしまい、こちらのファミリーにならないかと勧誘までする始末らしい。
それについては帝王が一蹴したらしいが、その対応に不満げな表情を浮かべており、ますます溝が深くなったらしい。

「別のファミリーの奴を入れられるわけがないだろうが。そこのあたりも考えられなくなったのかと思うと、もう…」

小さく肩を震わせる帝王の頭をぽんぽん、と軽くたたき、あー、と狼は額に手を当てた。


「帝王、オレに考えがある」

ひとまず、帝王の居場所をもとにも出さなくては。
狼の提案に、帝王はちいさく笑った。














たくさんの書類を手に、帝王の守護者の一人忍足侑士は帝王の執務室に足を運んでいた。
書類に書かれているのは、彼がこなした任務の結果報告である。
褒めてくれるかな、といつもはポーカーフェイスを保っている口元を少しだけ緩ませながらも、もう一人別の少女を思い浮かべる。
同盟ファミリーであるボンゴレに新しく入っていた、孤児の少女。
年は同じだったけれど、彼女は少女、と称するのが正しい。
マフィアにはないあの純粋な様子、血に汚れたことのない両手、自分たちを見つめる優しい眼差し。
少女の姿を思い浮かべるだけで、彼の心は綻ぶ。


「おっと」

気が付けば彼らのボスである執務室の前についていた。
書類を抱え直し、片手でドアをノックする。

中から返事が聞こえ、ドアノブをひねりドアを開けた。

開けてまっすぐに見える大きく豪華な机の前に、帝王は座っていた。
彼らにとっても見慣れた、狼を抱えて。

「ボス、これ、結果報告ですわ」

机の前まで行き、どさりと書類の束を置く。
そして、いつもの期待に満ちた眼差しを帝王に向けた。
しかし、帝王はこちらを見ずに別の書類を渡してくる。

「次はこれだ」

あれ。

「なにしてやがる。さっさと向かえ」

あれ?



思っていたのと、違う。


違和感を感じて立ち尽くす彼を一度も見ずに、帝王は狼を抱えなおして彼の持ってきた書類を一枚手に取り読み始める。
あ、褒めてくれるかも。

今回の任務はいつも以上にうまくいったんだ。

けれども、向けられた言葉はまったく違うものだった。


「さっさと次の任務に向かえって言ってんだよ」

頬にちり、と小さな痛みが走る。
背後でぴしゃりと音がする。

初めてこちらを見る帝王の手には彼の武器である鞭が握られていて。

「三度目を言わせる気か?」

無感動にこちらを見ていた。
侑士の体が、小さく震えた。

「りょ、うかいしました」

声まで震えてしまったが、これ以上帝王の神経を逆なでして嫌われたくない。
覚束ない足で、侑士はあわてて執務室から出て行った。


ばたん、と音を立てて扉が閉まるまで、帝王が侑士を見ることはなかった。



侑士の大きく乱れた気配が離れて、帝王が一つ息を吐いた。


「これでいいんだな?」
「うん。この分だとあと三回くらいで正気に戻るよ」

小さく震えている帝王に体を預けて、狼はジュースを飲む。
先ほどの侑士は見ているこちらが憐れになるほど帝王に武器を向けられたことに動揺していた。
まぁ、いままでは確かにあんなに大切にしてもらってたもんなぁ。
けれども、狼は思う。

守護者よりも、ずっと帝王のほうが大切だから。

近くにいればいいだけなのに、わざわざ帝王の膝に座っているのは、帝王の精神の安定を図るためである。
一番震えが大きかったのは、彼の頬を掠ったとき。
侑士からは見えなかっただろうけども、背中越しに感じるその震えと、ぎりぎりと小さく感じる自分の服を握りしめているそれらに狼は苦笑した。


背中から、被さるように抱きしめられる。


「はやく目を覚ますといいねぇ」
「…ん」


すり、と首元に帝王の額がこすり付けられた。








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