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ロー現代パロディ
愛は遅咲き、ハッピー・バレンタイン





『あ、ロー、ちょっと待ってて』

「?」


晩飯を食べ終わったと思ったら、不意になまえが席を立った

そのまま、とことことキッチンへ歩いていってしまう

どうせキッチンへ行くなら食器を下げればいいだろうと思ったが、どうやらなまえはそんなことも忘れて冷蔵庫を漁っているらしい

がさごそと音が聞こえてくる

何をしているのか気にならないでもなかったが、何だか時間がかかりそうな予感がして、俺はテレビに向かってリモコンのスイッチを押した

それからほどなくして、なまえがとことこと戻ってくる


『はい、ロー。これプレゼント』

「……プレゼント?」

『うん。まあ、見てみてよ』

「…………」


なまえに手渡されたのは、ピンクのリボンで包装された平べったい箱だった

だが、今日が何かしらの記念日であるという記憶は俺にはない

プレゼントと言われはしたが、冷蔵庫を漁っていたなら恐らく中身は食べ物だ

疑問に思いつつも俺は、リボンを解いて蓋を開けてみた


「………チョコレート?」

『うん、そう。わかった?』

「…………」

『じゃあ、大ヒントあげる。この前の木曜日は2月14日でした、さて、何の日だったでしょう?』

「…………バレンタインデーか」

『ぴんぽーん、大正解』


……近頃忙しくて息をつく間もなかったから、日付の感覚などとうにどこかへいってしまっていた

……そうか

もう、いつの間にかそんな時期も過ぎてたのか


『最近、ローすごく忙しいみたいで帰ってこなかったから……糖分だけでも補給してあげようかと思って』

「…………」

『あ、でも一応ビターだし、ローの口に合うように作ったの。トリュフ』

「…………そうか」

『ちょっと日にち経っちゃったけど、たぶん大丈夫だから早めに食べ……っ!?』


俺は、俺の目の前でいつもみたいに明るく喋るなまえを、テーブルから体を乗り出して抱き締めた

放置されたままの食器が少し音を立てたが、そんなことは気にしない


『ちょっ、と、……ろ…?』

「…………悪かった」

『へ、』

「長いこと一人にしてほったらかして、悪かった」

『…………』


なまえはずっといつもと変わらない様子で話していたが、その眼はぎこちなく揺れていた

そして話している間なまえの眼が俺を映すことはなく、どこかあらぬ宙をさまよっていた

話し方はいつもと変わらなくても、なまえの気持ちが大きく揺れているのは……嫌というほど伝わってきた

むしろ話し方がいつもと変わらなかったぶん、隠したがっていた気持ちは大きい筈だ


「チョコ……ありがたく、貰うから」

『…………』

「……すまなかった。心配させて」

『…………許さない、』

「…………」

『……って、言ったらどうするの……?』

「お前が今してほしいこと、何でもしてやる」

『…………』

「何がいい」

『……こっち側、来て』

「ああ」

『ぎゅって……して』

「ああ」

『もっと……ぎゅって、』

「……ああ」


久し振りに力一杯抱き締めたなまえの体は、少し細くなっている気がした

……いや、間違いなく細くなっている

俺が帰らなかったここ数日、もしかしたらろくに食ってなかったのかもしれない


『……ろーが忙しいのは、わかってるよ。ろーは、すっごく優秀な、立派なお医者さんだからね』

「…………」

『でも、こんな何日も帰ってこれないなら……ちょっとくらい、さ』

「……ああ、」

『……っ、れん、らく……してよ……っ!』

「……ああ、悪かった」

『なんにもっ……! れんらくないから、わたし、ろーが心配で……寝れなくてっ、……ここ、見て…っ!』

「……?」

『ろーみたいな、こんな、隈までできちゃったんだから……っ!』

「…………」

『わたしのっ、せっかくきれいにしてた肌……どうしてくれるの…っ!』

「……ああ、悪かった」

『責任っ、……とってよね!』

「ああ」


なまえはそうしゃくりあげながら叫ぶとがっしりと俺にしがみつき、そしてわんわんと声をあげて泣き出した

俺が……これほど長い時間、連絡もなしに家を空けたのは初めてだったが

今この瞬間、俺は自分自身に固く誓った

もう、絶対に、二度と――こいつを独りにはしない

こんなに心配させてやつれさせた上に泣かせてしまった俺自身にも腹は立つが、とにかく、これ以降は絶対に、こんなことはしない

俺は、なまえを抱く腕に力を込め、そしてそっと……その後頭部に、キスを落とした






世界にたった二人だけで、スペシャル・バレンタインデー



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あきゅろす。
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