噂話
八話
目の前にいる弓人の名前を呼んでも返事はない。じっとこちらを見つめているだけだ。
「……おい、っ…!」
もう一度名前を呼ぼうとすると股下に何かがぐっと押し寄せてきた。足が床に着かない。俺は下を向き何が起きたか確認をする。
…どうやら弓人の膝が俺の股下をくぐっているようだ。これじゃ逃げられない。床に転げ落ちてでも逃げてやろうか。
「いけないよ、聞きたいことがあるからね」
はい、すんません。
ぐっと弓人は膝を押し上げる。正直少し痛かったので小さく俺は声を上げてしまった。
「あ、ごめん。痛かったかな?ん?」
相変わらずムカつく言い方で俺を腹立たせる。別に意識してるわけじゃないと思うけどもイラついてしまうんだ。
「痛くねえ。聞きたいことってなんだよ…」
気にせず俺は本題に入らせる。早くこの状態から解放されたいからだ。
「ひかるはどうやってこの世界に来たのかな?」
いつもより低く怒りがこもった声で問い掛けてきた。
この世界…って、やっぱりここは俺がいた世界じゃないんだな。うん。この店も風景も日本じゃまず見られないしな…多分。
「質問に答えてくれないか」
ぐっと一気に弓人の顔が近付いてきた。ちょ、すっげ近い。 鼻先が当たりそうだ。
わかった答えるから!
俺は焦りながら質問に答える。
「いつの間にか来てたんだよ、永倉と一緒にいて気が付いたらここにいたんだ!」
こんなこと言っても信じてもらえるはずがないんだけどな。でも自分は事実を述べただけ。嘘だとか言われてもこの答えしか言わんぞ。
するととん、と俺のつまさきが床に着いた。どうやら下ろしてくれたみたいだ。良かった…
「そっか、そう…ありがと答えてくれて。…困ったなぁ…」
さっきまでの低く怒っているような声ではなく、またいつもの弓人の声に戻っている。いや…いつものというか、少し不安感を抱いているようなそんな感じに聞こえた。
弓人は一歩下がって俺にこう言う。
「ねぇひかる、すぐ元の世界へ帰ろうか?」
「なん、なんでだよ。いくらこの世界が危ないからって少しぐらい見てったっていいだろ!」
そう、こんなファンタジーで漫画みたいな事なかなかというより絶対ありえない。夢でもいいからこの世界を物騒だけどもっと見たいという気持ちが少しながら…いや、多いにあった。恐怖心より好奇心だ。
すると弓人は眉を下げうーんと唸りまた俺に近付く。
「ひかるも兄さんに聞いたと思うけどここは普通に人前で殺人が起こる場所なんだよ?街中で襲われたり、人間や子供の誘拐事件も頻繁に発生するんだよ?それに…」
ちょっと怖い。が、やはり好奇心には勝てないのと…
「それに?」
「…いや、何でもないよ。とにかくひかるには帰ってもらうからね」
「ええーっ!?」
そう言われ俺は声を上げる。なんだよダメなのかよ…
すると弓人はまたさっきと同じように腕を掴んできた。反射的に俺は拳を握り身構える。
「あ、ごめん。腕痛かったよね…こっちの方がいいかな」
腕を掴んでいた手はすーっとそのまま俺の拳に辿り着いた。手は弱く握られた拳の中を探りぎゅっと俺の手は握られた。
そしてゆっくり、ゆっくりと弓人の指は俺の指の隙間へと入り込む。
こ、この繋ぎ方は…
「おい弓人ちょっと待てもう少しマトモな繋ぎ方でき……」
ちょんと弓人のもう片方の手の人差し指で唇を抑えられた。
「気にしないの、僕はこの繋ぎ方が一番好きなんだから」
…自分勝手。ずるい、このままじゃ全部弓人のペースに持ってかれる。そんな考え事も無駄に。そのまま俺は弓人に連れられこの部屋を後にした。
かえして
「そういえばさひかる、兄さんにはひかるが何処から来たのかとか教えてないのかな?」
「聞かれてないし言うのめんどくさいから言ってない。てか言っていいもんなのか?」
「さぁね」
「おい…」
そんな会話を繰り広げながら階段を降りるとそこにはダオマとやっと起き上がったであろう永倉がすぐそこの席に座っていた。俺は自然に弓人の手を離す。
「あっ、小鳥遊くん…!」
「お帰り二人とも。獣くん達のお話色々聞かせてもらったよ〜。災難だったね?」
「え、じゃあ兄さんは二人が人間だって事も知ってるわけ?」
「うん、翔くんに教えてもらったからね…」
永倉の奴全部話したのか。まあこれで俺が説明する手間が省けたからいいかな。良くやった。
永倉はウサギの耳をぴんと立てて席を立った。あれ、右耳に包帯が巻いてある。さっきまでは無かったのに…
「永倉、お前包帯…」
「あ、うん、えっとね…ダオマさんが巻いてくれたんだ…!」
へぇ、案外できるもんなんだな。
「……小鳥遊くんはきつねなんだね!」
へ?
狐?
そういえばさっきもダオマに狐って言われたし、図体のでかいおっさんにも狐って言われた…まさか。
「…もしかしてひかる今の今まで気付いて無かったのかい?」
「…………」
「図星、ほら今の自分の姿見てみなよ」
そう言いながら弓人は指をぱちんと鳴らし俺の目の前に立ち鏡を出現させた。…正直はっきりとした魔法はこれが初めてかもしれない。
ゆっくり鏡に近付いて自分の姿を見ると。
「……まじかー…」
俺の頭には狐の耳がぴんと生えていた。なにこれ。わけがわからない。
すると後ろから弓人の声がして肩に手が置かれた。
「初めて見た時は似合い過ぎて僕どうにかなりそうだったよ」
だからあの時ずっと黙りながら俺の事を見つめていたのか。
そう言いながら弓人は左腕を俺の脇の下に忍ばせ後ろからぎゅっと抱き締めながら右手で俺の耳を一撫でした。
「うっは…目の前に人がいるってのに、相変わらずだなバンディは……」
「………?」
「えーダメかな?」
ダメだろ。てか、バンディて弓人の名前?なのか?もし名前なら今俺が呼んでる名前は…
「知る必要ないよ」
「ぅわッ!?」
急にびくっと身体が跳ねた。おい、何したんだ。
「あ、ごめん尻尾握っちゃった」
「尻尾…尻尾もあんのか……」
「てか、早くひかるを元の世界に送らないと」
本来の目的を見失っていた。そのまま見失ってて欲しかったがそうはいかないらしい。うう、もう少しだけいたかった…
「行くよ、ひかると……ん?」
「………」
ん?
じーっと永倉は弓人の顔を見つめ続けている。どうしたんだ。
「どうしたんだ永倉?」
「…いや、夢に出てきた人にそっくりだなって……」
夢て、そんなはっきり覚えてるもんなのだろうか。俺は起きたらすぐ忘れるぞ。見てたってこと忘れないけど。
「ああ…翔くんとは病室で一回だけ会ったことあるんけどあの時は意識がはっきりしてなかったんだね。それで夢だと勘違いしたのかな?」
「夢じゃかったんだ…」
いやいやいや、それより問題があるだろ!
「いやちょっと待てなんで病室に入ったし」
「ひかると同い年の男の子がどんな顔してるのか気になってね…本能的に」
「バンディはその趣味を直せたら普通に女の子にモテそうなのにな、どうにかなんないのかい?」
そう言われた弓人は長い耳を垂れ下げダオマを睨みながらため息をついた。
「どうにかなんないよ。それに僕は女にモテなくていいのさ」
吐き捨てるようにそう言った。
「あ、あの…ボク帰りたい…」
また目的を見失っていた!てか俺は帰りたくない。
「!…ごめんごめん、それじゃ僕に着いてきてよ、すぐそこだけど」
「この立ち鏡しまってよ…」
「折角作り出したんだから部屋に飾って欲しいな〜?」
「片付けるのめんどくさいだけだろう…仕方ないなぁ」
「いいじゃないか別に」
そう言い弓人は入り口の扉のドアノブに手をかけ、がちゃりと開けた。
この世界ともオサラバか…短かかったな…
「あ、気を付けてね三人とも〜」
「ああ、じゃあな」
「さようなら〜」
ダオマに別れを告げこの店を出た。
そういえば誠は今頃何してるんだろう…
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