噂話
四話
窓から暑苦しい夏の太陽の光が暗い部屋を照らす。
朝だ。
昨日の夜は家に誰か知らない人が二人もいる夢を見てしまったためよく眠れてない。
にしても妙にリアルな夢だったな…
まぁそんなことはどうでもいい。
俺は二度寝するためまた布団を被った。
バタンッ
「うぉっ」
急にすぐ真横で物が落ちる音がした。布団のすぐ横にそんな大きな音がする程の物は置いてない筈なんだが。
俺はその物音が何なのかを確認するために音のした方向に目を向けた。
そこにあったのは
「…もう勘弁してくれよ。俺なんかしたか?」
そう、鞄の中に入れっぱなしだった筈のあの本が何故かそこにあったのだ。
もう慣れたけどやっぱりビビるわ。
俺はその本を手で掴みこつんと拳をぶつけ、
「お前の所為で毎日ビビりっぱなしだくそ」
ぐり、ぐり、と拳を押し付けた。
…もう目も覚めちゃったし出掛ける準備でもするかな。
俺は布団から出て顔を洗いに行った。
…
「よし」
お気に入りの青い服を身に纏い床にどすっと大きな音を立てながら座り込む。
さて、着替えも済ましたし誠との約束の時間まで何かして時間潰すか。
そういえばここ最近外で変なことは起きないのに家の中でよく起こるな。
外で起こるよりタチ悪いしほんと辞めてほしい。毎日夜眠れなくてまじで困ってるのにクソ…むかつく。
原因が幽霊なら誰かにお祓いでもしてどっかにやってもらいたいものだ。
といっても神社もお寺も近くに無いしほんとにやれる人なんて近くにいないわけだが。
なんてか
朝や昼にそういう事が起きないのが不幸中の幸い?ってやつなのかもしれない。
いや、夜寝る頃になって俺の家にお邪魔される方がもっと困るんだがな。
「はぁ…」
俺のいつものでかい溜め息は狭い部屋をぐるりと渦巻いた。
てか、こんな事ばかり考えてたら沈んだ気分がもっと沈む。やめよやめよ。もっと別の…何か面白い噂話でもなかったものか。
ふと、俺は布団の上にほったらかしにしていたあの厚い本に目を
「……!」
さっきと
違う
違うといっても本の表紙のあの菱形に蝙蝠の羽模様がぼんやりと光り輝いているということだけだが。
いや、それだけじゃない。この本さっきよりとても薄くなっている。これがあと十冊ぐらい積み重なったぐらいの分厚さだったのに…
まぁいい、気にしない方がいいだろう。
あれ、そういえば窓の向こうから太陽の光が消えて
ぁ
か
ぁ
「!」
急に扉の向こう側から
ぁ
え
向こう側からじゃない。直接頭に響いてきて
「いっ…つ…」
し
ぁ
痛み始めた。
くそッ、さっき朝と昼はないから〜とか言ったのが駄目だったのだろうか。
て
ぇ
ぁ
「…へ?」
何か言ってるのか。そう聞こえた。
ぐちゃぐちゃに言葉を発しているだけのようにも聞こえると思うこの声は絶対ハッキリと何かを言っている。
俺は本能的に輝いている布団の上の本を手に取りそれをぐっ、と胸で抱え込んだ。
まだ声は響いてくる
嫌
聞きたくない。
小さな子供が痛みに耐えられず涙を流しながら啜り泣く様な、とても苦しそうな、辛そうな声で俺の頭に何か話し掛けている。
気持ち悪い。
やめろ
やめろ
耐えられなくなった俺は
大きく息を吸い
「やめろ、話し掛けてくるなッ!!」
人間の嫉妬や負の感情が嫌な吐き気と一緒にごちゃ混ぜになったような重たく冷たい空気は、その一言でわっと消え失せた。
朝の太陽の光が部屋に差し込んでいる。
助かった、のか?
「…あ゛ー…」
ばたんと横に倒れる。
朝と昼は勘弁してくれ。
いつの間にか痛みも無くなっている。つら。
俺は抱え込んでいた本に違和感を感じた。
手でそれをぱん、と触る。
ざらりとした決して良いとは言えない触り心地に、ボロボロになっている表紙。
何があった。
「どうするこれ…」
もし持ち主がいるんだとしたらどう切り出せばいいよこれ。いつの間にかこんな事になってましたーじゃ済まされないぞ。
それに絶対人間の持ち物じゃない。死ぬわ、俺。
今そんなこと考えてても仕方がない。てか、めんどくさい。
てかこれ学校の時と同じだったら時間…
「やばい」
待ち合わせ時間よりちょっと前の時間を、時計の二つの針は指し示していた。
俺は急いで本を鞄に突っ込みそれを肩に掛け家を出た。
「遅かったね」
「す、すみません…」
待ち合わせ場所で待ちくたびれていたであろう誠に俺は小さく謝る。
「寝坊でもした?」
「いや、その…」
「他の理由があんの?」
「うん」
俺は誠に家であった事を全て話した。
それを聞いた誠は眉にシワを寄せ顔を引き攣らせていた。いかにも聞くんじゃなかったとでも言いたそうな顔だ。
「夜だったら泣いてた…てか、よく帰ってこれたね」
「ほんとだよ、死ぬかと思った」
怖かったというあの時の気持ちを和らげるため俺はへらへら、と笑いながら誠とそんな会話を繰り返した。
笑ってられる俺達の感覚は可笑しいのかもしれないな。
「こんな話ばっかしてないで、早くおれん家行こ!」
「そうだな」
俺達は走り出す。もうすぐそこだしそんな疲れないだろう。
夏の真っ青な空に呑まれそうになりながら、暑く熱を帯びたコンクリートの上を走り続けた。
「ん?」
ぴたり、と俺は変な感覚に追われ右を向く。
そこは少し細い、家と家の間だった。
「ん、どした?」
何かここだけ空気が違う気がする。
さっきと同じ様な…
「いや……別になんでもない。行こーぜ」
気にしないでおこう。ただの勘違いだ。
俺は誠の手を握りまた走り出した。
「っ……」
「わっ」
しばらくそこから離れた後、追い風のようなものが俺たちの体を吹き抜けた。
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