噂話
五話
「誠っ!!」
俺は咄嗟に誠の名前を叫んだ。
それでも階段から落ちている事には変わりはなくて。
「っ……!」
俺は目を瞑る。
誠も目をぎゅっと瞑りながら歯を食い縛り、そのまま踊場まで落下していった。
もうだめだ、助けられない。
そう諦め掛けた時、俺の横を何かがふわりと横切った。
「……?」
そっと瞑っていた目を開ける。
「…あれ?痛くない…」
何故か誠は腰を落として座っている状態で踊場にいた。
俺と誠は何が起こったのか直ぐに理解できず少しの間慌てふためく。
それより俺は誠の安全を確認するため、声を掛けた。
「誠大丈夫か!?」
「大丈夫…大丈夫なんだけども…」
大丈夫なら良かった。それよりどこも怪我していないのだろうか?
「…怪我してないのか?」
「うん…どこも痛くないし」
変なな事がまた起きた。普通この高さから落ちれば切り傷や打撲では済まされない。
…どうなっているんだ。
「知りたい?」
「…!!」
急に耳元で誰かに囁かれ、びくっと俺の身体が跳ねた。
声の聞こえた方向に顔を向けるとそこには見覚えのある人物が横に立っていた。
「やぁ」
「弓人…」
そう、何故か横にはいつものあいつが立っていたのだ。
「そういえばさ、さっきひかるにあの画面見ちゃいけないって言った筈だよね?なんでここにいるのかな?」
「やっぱりあれお前かよ」
弓人は俺の肩に手をかけながらそう言う。やはりあの声は弓人の声だったようだ。他の幽霊だったらどうしようかと思った…
そういえば彼はこの前の服装とは違い、どっかの民族のような衣装を身に纏っている。なんの服だこれ。
それより俺はあることを問い掛けた。
「…あのさ、誠を助けたのって…」
大体返ってくる答えは予想できる。
「そ、さっき誠を助けたのは僕だよ」
やはりな、きっと魔法でそっと誠を受け止め下ろしたのだろう。
え、てかなんでこんな所にいるんだ?
「弓人!…てかなんでここにいるんだー?」
誠も弓人がこちらに居ると気付き遠くから声を掛ける。
「そうだ、なんでここに弓人がいるんだよ…」
俺は今一番の疑問を彼に問い掛ける。
「ん?僕はここで本を取り返しに来ただけだよ?」
本?
…さっきの大きな本のことだろうか。
というか、なんで本なんか探しているのだろうか、弓人から本を連想できない。
「じゃあ一緒に探すかー?」
そう誠は弓人に言った。
その方が良い。何故かは知らないが俺は弓人と一緒にいると楽だ。
「いや、もう見つけたからいいよ」
弓人は一冊の大きな本俺に見せる。
あれ?それって…
俺は自分の手を見る。
さっきまで持っていたそれがない。
「いつの間に…」
「ひかるが気付かなかっただけだよ」
そう言い俺の頭に手をぽんと置き、誠のいる踊り場まで足を運んで行った。
「誠大丈夫?というかまた腰抜かしてるでしょ」
「よ、よくわかったな…」
弓人は座り込んでいる誠に声をかけ、そっと手を差し伸べた。
誠はその手に自分の手を重ね優しく握る。すると弓人がその手を引き誠を胸に抱き寄せた。
そのまま弓人は背中の小さい深緑色の翼を羽ばたかせ、こちらへ向かってくる。
「っ……」
なんだかあまり目に入れたくない光景だ。何故だろう。
心のどこか片隅で気持ちの悪い感情がぐるぐると渦巻いている感じがする。
「お待たせ」
少しもしない内に2人は階段の上へ上がってきた。
抱かれている誠は少し窮屈そうに見える。
「誠大丈夫か?」
「うん…てか、男に抱っこされるとかなんか変な感じ…」
そりゃそうだろうな。
「そんな変な感じするかな?僕は気にしないというか、普通だと思うけど」
「それは弓人の中だけの話だろ…俺達にとっては非常識だ」
そう俺はばっさりと吐き捨てる様に言葉を発した。
「…そんな言い方しなくてもいいだろう?」
それを聞いた弓人は少し寂しそうな声で返事をする。そんな落ち込まなくていいだろ。
「僕は傷付きやすいんだよ」
勝手に心の中を読むな!
弓人が近くにいるときはあまり何かを考えるのをやめておこう…
「てかさ、早く永倉探さない?」
「あ、すっかり忘れてた…」
俺がさっきまで一番気にしていたことを、今度は俺が一番気にしていなかった。
一気に来た恐怖で考えていた事全てぶっとんだのかもしれない
「しっかりしろよな…」
「ごめん」
俺は軽く誠に謝り、そっと誠を立たせた。
「…あのさ、君達がこんなところにいる理由ってその永倉って子を探すため?」
弓人が俺達にそう問い掛けた。そういえば何故ここにいるかのという理由をまだ言っていなかった。
「ああ、そうだよ。なんか一組の男子が行方不明らしい」
「行方不明なのにここにいるってよくわかるね?」
弓人は少し馬鹿にするように口角を上げそう言放つ。
なんかムカつく。
「確かにその話だけじゃここにいるなんて全く思わないけど、最後に永倉を見たのはパソコン室の前だって聞いたから…」
「あぁなるほどね」
誠がそう言うと弓人は少し納得したのかこくりと頷いた。
「だから今俺達はここにいるってこと」
「へぇ、嘸かし怖い思いをしてきたんだろうね?」
「まぁ、ね…」
誠は今までの事を思い出してしまったのか少し顔色が悪くなっている。
「あ、誠ごめんね?思い出させちゃったかな…」
「大丈夫、もう慣れたから…」
とてもそうには見えないが、本人が大丈夫なら大丈夫なのだろう。心配だけど。
「大丈夫なら早く探して帰ろうぜ、ずっとこんなとこにいたら可笑しくなりそうだから…」
そう俺は二人に話し掛ける。
「そうだな、行くか…」
ほんの少し辛そうな顔をしながら誠は俺の隣に立ち、同時に廊下に向かって歩き出した。
ん?
「弓人、来いよ?」
俺はじっとその場で立ち止まっている弓人に声を掛ける。
「……」
だが彼は黙ったままだ。なんだ?
「弓……」
誠が声を掛けようとした瞬間、彼の長い耳が階段の奥の方へと傾いた。
俺には何も聞こえない。
…まさか。
「階段を誰かが登ってきてるのか?」
俺は問いかける、だが返事は返ってこない。
ただ変わった事といえば、弓人が逃げ腰になっていることだ。
忙しなく彼は耳を動かす。
「……ひかる、誠、静かに走って逃げて」
弓人は俺達に近付き、少し小さな声で警告をした。
「…弓人も来い」
「僕はここにいなきゃ」
「なんでさ…」
どうせなら三人で固まっていたい。逃げる事よりそれを優先してしまった。
ぴちゃり
「…!」
「っ…」
水の音がとても近くで聞こえた、水道なんて周りにないのに。
それと同時にずるずると何がが這っているような音が聞こえる。
「やばいかも…」
「わわわわわ…!!」
誠はまた取り乱す。落ち着けと言いたいが多分無理だろう。
ぱしゃり
もうすぐそこまで迫ってきている。音が近い。
「っ……」
急に体がふわりと浮く。
「ぅゎっ…」
「……!」
もうこれ以上ここにいられないのか、弓人が俺達を持ち上げ廊下の奥に走り出した。
ぱちゃ
俺はその音の正体を遠くで階段の影から少し見てしまった。
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