古キョン
#初恋電車/:02
「大丈夫ですか?」
その男の人は爽やかな笑顔でホームのベンチまで連れていってくれた。
「すみません…助かりました」
「いえ」
その人は古泉です、と名乗り、どうやらこの駅周辺の会社の社員らしく、俺と同じく満員電車には今年から乗り始めたらしい。古泉さんは俺の気分が回復するまでそばにいてくれた。
そして気分も落ち着いて、ふたりでホームの階段を降りていく。
「あの、本当にありがとうございました。でも会社まで遅刻させてしまって…」
「大丈夫ですよ。まだ時間ありますし」
そう言って古泉さんはまた、あの笑顔で笑ってくれた。
「すみません、」
「いえ、あのよろしければお名前をお伺いしても?」
「あっはい、俺は…」
俺は滅多に呼ばれない名前を答えようとしたが…
「WAWAWA〜、…ようキョンじゃねぇか!」
「た…谷口、」
どうやら遅刻癖のある友人が今日も例に漏れず、余裕で学校に遅れて行く予定だったらしい。古泉さんの前で妹が考えたあだ名を披露されてしまった。
「キョンくん、と仰るんですね」
古泉さんにはクスリ、と微笑まれて俺は苦笑いするしかなった。くそ、谷口め…
そして古泉さんはまた会いましょう、と言って去っていった。
俺は空気の読めない谷口一発殴ってから、先生の説教が待っているであろう学校へと向かったのだった。
「なぁキョン!昼間のサラリーマンっぽい男とはどんな関係なんだよ?!」
昼休み。
いつもどうり、教室でクラスメイトの国木田と谷口、俺の三人で机を並べて弁当を食べていた。すると谷口がからかうように朝、目撃した光景について聞いてきた。
それに国木田も興味がわいたようで、「へぇ…」と俺を覗き込むような瞳をこちらに向けてきた。
「まさか男に惚れたとか言うんじゃねぇだろいな?!」
「…んなわけあるか」
「あはは、さすがにキョンでもそれはないよね」
ストレートに言ってくる谷口に比べて、国木田は何かを含んだ言い方をしてくる奴だ。こいつには全て見透かされている気がしてならない。
結局、自分が痴漢されたことを暴露するのは恥ずかしすぎるので、朝のことはあやふやにして何とか誤魔化した。
放課後、特に部活動にも参加していない俺は足早に駅に向かうことにした。
どうしてだか、古泉さんに会える気がしたから…。
朝と同じ駅に行くと帰りのラッシュはまだのようだが、まばらだった人々が改札口へと集まっていて混んでいるように見える。
(んな都合よく、会えるわけねぇよな)
どうしてもすぐに電車に乗る気にはなれず、駅周辺の喫茶店へ入ることにした。
「いらっしゃいませー」
店内へ入ると適度に涼しい空調がきいていた。俺はおひとり様ですか?と聞かれる虚しさを覚悟で店員に応えようとしたが…
「二名様ですね」
「?!」
俺はひとりで来たはずなのに?!と思って後ろを振り返ってみた。
そこには……古泉さんが、立っていた。
「どうも、こんにちは」
「こ、こんにちは…」
何で?どうして?いつの間に?
そんな俺の疑問を残して古泉さんと店員に案内された席につく。
古泉さんは店員にすでに注文していて、キョンくんはどうします?と聞かれて慌ててメニューを見た。いつも頼んでいるコーヒーの名前が見つからず、思わず「オレンジジュースで…」と言ってしまった。
あー…、ガキだと思われただろうか。
そんな俺の心配をよそに、古泉さんは以上で、と店員に告げて、朝よりも穏やかにみえる笑顔で俺を見ていた。
*続く*
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