永遠の雪を抱いて眠れ
14

 ――どれだけの沈黙があったか。
 少年の体は震えていた。その唇から、零れ落ちたような言葉。
「でも、僕らは……人間兵器として……人を殺す為に作られて……だから、殺さなきゃ……」
「せねば、とかそう難しく考える必要なんてありません。元々、人は目的も理由もなしに生まれてくるものなのですよ。貴方達みたいに、人を殺す為に生まれさせられる方が普通じゃない。だから、貴方達だってそれに従うことはないんですよ」
 ――生きる意味。それを初めから持っていれば、与えられているならば、きっと人は悩まなかっただろう。虚無に陥ることもない。
 それでも、そんなものがある訳ではない。だから、悩み、苦しみ、探していく。自分自身で意味付けしていかねばならない。
 自分で決めていくそれは、酷く不安定だ。正しいかどうかなんて言えるものではないし、失くしてしまうことだってある。
 それでも、望む自分で在るということが出来る。決められた在り方ではない、強制された在り方ではない、自分自身で望み、求めた在り方で在るということが可能なのだ。
(……俺は、ただ恐れていただけだった)
 華月の言葉に、黒霧は掌を握りしめる。
 今までずっと、何も望むことをしなかった。
 なんの為に生きたらいいのか、不安定な状態をただ恐れるだけだった。
 だから、人を殺すこと、与えられたその為に生きていた。少し望めば、違った在り方も出来た筈なのに――。

 少年達を諭していた華月が、黒霧を振り返った。
 唐突なことに、黒霧は困惑する。だが、その瞳が黒霧にも何か言うように示していることを悟る。
(俺に何が言えるだろう?)
 ただ受動的に生きて来た。彼らと同じような生き方をして来た。
 だからこそ、その辛さが分かる。出来れば、彼らにそんな生き方を続けて欲しくはない。
頭を掻きながらも、静かに口を開いた。
「……俺は、人殺しは良くないと言えるような大層な人間じゃない」
 振り返れば、自分の辿った道は他人の血で汚れている。
 数多の罪、殺してきた数えきれない人間達が、黒霧を責め立て、断罪する。
「だがな、お前達には感情だってあるだろう。その動揺は何処から来る? その叫びはなんなんだ? お前達の内から出てくるものだろう? 作られたと言っても、人間と変わらないんだ。ただ感情なんてないと、勝手に決めつけていただけで。お前達は、殺しをしたがってるようには見えない。……自分で選べ。後悔しないような選択をしろ」
 血濡れの自分の半生。自覚していたか無自覚的だったかを問わねば、その心の根底にあったのは、呵責と後悔だ。
 黒霧は、ただ後悔し続けてきた。選択を他人任せにし、他人の所為にし、全てから逃げて。
 ――そこにあったのは後悔だけだった。
 自らが望み、選び取らない限り、納得のいくものにはならない。当然のことだ。
 自分の意志で、責任で、選び取ることは怖いだろう。誰の所為にも出来ない。全ての責任を自分で負っていくしかない。
 だが、生きていくとはそういうことなのだと思う。今ならば分かる。
「逃げたらいいですよ。今ならこの研究所は、私達の侵入で混乱しています。可能ですよ、ね?」
 諦めているだけでは、何も始まらない。変えたいと思うのならば、自分で動くしかない。
 生きている。人は生きている限り、自らの意志で動くことが出来るのだ。
「……うん!」
 少年達は、泣いていた。だが、同時にその顔で笑っていた。
 その瞳の色が、澄み渡るような青空を思い起こさせた。
 彼らは、小さな足で駆けだした。





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あきゅろす。
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