永遠の雪を抱いて眠れ





「どうしてッ! どうして母さんを殺したんだ!?」
 それは、幼い少年だった。黒霧と同じ歳ぐらいの少年だ。
 涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、それでも黒霧を恐ることなく睨み付けていた。
 そのまま急いで立ち去るか、殺すかをするべきだとは分かっていたのに、黒霧は思わず足を止めてしまった。
 否、足が動けなくなったのだ。
 その流れる涙が、綺麗だと思った。悲痛な叫び声、自分を断罪する言葉が、耳に染み付いて離れない。

 いつもと同じ任務の筈だった。いつもと何も、変わらない筈だった。
 ただ、銃を握り、ターゲットを殺す。そうすれば、自分の任務は完了だ。
 それなのに、こんなにも、心が掻き乱れる。少年の声が、言葉が、表情が頭から離れない。

 人を殺すこと。それは黒霧にとって当たり前だった。
 しかし、それは――悪いことなのではないだろうか?
 だって、もし月影が誰かに殺されたら、自分はどう思うだろう。その相手を許せるのだろうか?
 初めて、黒霧の中で疑問が生まれた。







「月影は、なんで……」
 隣に座る月影は、黒霧の声に視線を向けてくる。
 けれど、言葉にしかけて、黒霧は口を噤んだ。聞いて良いものか、躊躇いが生じた。
 人を殺すこと。それは自分達に課せられた仕事。そうしなくては、この組織にいることは出来ない。
 そもそも、自分達はこの組織の為に、人を殺す為にここにいる。やはり、それを問うこと自体が間違っているのかも知れない。
「黒霧?」
 言葉を紡ぐことが出来なくなった黒霧の視線は、下へと落ちていく。丁度その先には、膝の上で握り締めた自分の掌があった。
 黒霧はこの手で、任務を遂行させて来た。銃を握り、引金を引き、人の命を奪ってきた。
「……私だって、自分が正しいなんて思ってないよ。人を殺すなんて、いいわけがない」
 そんな黒霧の様子に、彼の言いたいことを月影は察したらしい。そう、当たり前のように言い放った。
 黒霧は、それに息を飲まずにはいられなかった。心臓を鷲掴みされたように、大きく肩を揺らした。
「じゃあ、なんで……!」
 あんなにも躊躇っていたにも関わらず、気付いたら勢いで理由を問う言葉を口にしていた。
 月影は、一瞬だけ母親のような優しい瞳を黒霧に向けた。そこには、何処か哀しそうな、黒霧を心配する色も混じっているように思えた。
「月……影……?」
 そんな月影に黒霧が戸惑いの声を出すと、彼女は我に帰ったかのように、ごめん、と小さく謝った。

「理由、だったよね。それよりも、もっと大切なものが、ここにはあるからだよ」
 僅かに息を吐くと、月影は遠い目で何処かを見つめた。
 ――大切な、もの?
 黒霧は、そんな月影に釘付けになった。それは初めて見るような表情だった。
「愛してるの、ボスをね」
 そういって、月影は笑みを浮かべた。嬉しそうな、切なそうな、何とも言えない表情た。
 それが、何故かとても綺麗だと、黒霧は思った。鮮やかで、世界に色を散らしていくかのように感じられた。
 その理由は分からなかったが、それでもただ一つだけ確かに分かったことがあった。

 ――人を殺すこと。それは当り前のことではないのだ。





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