True Rose
〜記憶の海〜
ローズと猫
ある日の出来事/ほのぼのギャグ
上を仰げば、絵に描いたように綺麗な青空が広がっていた。
俺は、暇を持て余していたし、こんな天気に宿に籠っているのも勿体ないので、散歩をしていた。
特に行く当てがあった訳でもなく、気の向くままに歩いていたら、ローズちゃんを発見した。
ローズちゃんは、散歩が好きだ。だから、別々に行動していても、こうしてその先で会うことがしばしばある。
でも、ローズちゃんは俺に気づいていないようだ。少し距離は離れてはいるが、とても意外だ。
ちょっと視線をこちらに向ければ気づく筈だし、ローズちゃんは気配に敏感なのに。本当に珍しい。
「むぅ」
ローズちゃんは困っているらしい。
何をそんなに困っているのかは分からないが、真剣そうな顔で悩んでいた。横顔からでも、それは充分に窺えた。
「ロー……」
傍に行こうかと思ったけど、何を思ったのか、ローズちゃんは唐突に両手を地面について、四つん這いみたいな体制を取った。
(えッ!?)
ぎょっとした。思わず零れそうになった叫び声は、無理矢理飲む込む。
声を掛けようと思ったのに、つい木陰へ反射的に隠れてしまった。出ていくタイミングを逃した俺のことなど全く知らないローズちゃんは、目の前にある古い小屋の軒下を覗きこんでいた。
「『にゃー』」
そうして、またもや唐突にローズちゃんの口から出てきた言葉。いや、鳴き声だろうか。
猫の真似だったらしい。
(でも、なんで?)
理由を考えていると、その声に誘われたのか、軒下からは猫が出てきた。
ローズちゃんの顔が、途端に明るくなる。普段、仏頂面なことが多いその顔は、とても嬉しそうだ。何処かにやけている気がしないでもない。
こうなってみると、一連の奇行は、猫を呼び寄せる為だったというのは明らかだ。
がらがらと音を立てて崩れていく、ローズちゃんのイメージ。
(ああ、ローズちゃんって、猫好きだったんだなぁ)
打撃を受けた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
プライドの高い彼女が、誰か人のいる所でそのようなことをすることなどあり得ないだろう。
周囲に誰もいないと思っているからこそなのだろうが、そこまで彼女にさせるとは。
(恐るべし、猫)
どれだけ、猫が好きなんだ。今まで気付けなかったことの方が驚きだ。
「あ」
そんなことを考えていると、唐突に、視線が合う。
ぽかんとし過ぎていて、どうやら俺は木の陰から出てしまっていたらしい。それなら、気づかれても仕方がない。
「ふ、ファ、イ?」
見られているとなど、露にも思わなかったのだろう。
俺の気配に、欠片も気付かないほど夢中だったなんて、本当にローズちゃんらしくない。
「な、な、なっ!」
動揺している。明らかに動揺している。
震える声と俺を差す指が、それを如実に物語っていた。
「い、い、いつから!? そ、そこっ、にっ!?」
ナイスリアクション。珍しく、とても面白いリアクションだ。
その問いに対して真実を答えるならば、ローズちゃんが四つん這いになった辺りから、だ。
でも、そう素直に答えたら泣きそうだ。
プライドが高く、羞恥心も強いローズちゃんのことだ。きっと、そんなことをしていると知られただけで、ショックを受けるだろう。まして、それを見ていたと言ったら……。
「み、見てた、んだな……?」
答える前に、ローズちゃんが、確認するような形で問う。
恐る恐るといった様子で、問いの形ではあるものの、もはや確認だ。
違うと言っても、きっとそれを信用することはないだろう。嘘なんて通用しなさそうだ。
どうしようか、と考えあぐねいて、俺は一瞬視線を反らした。
だが、それが決定打だったようだ。まぁ確かに、それは肯定したのと同じようなもので。
「っ!」
その顔が、みるみる内に赤くなっていく。
ちょっとだけ面白い。失礼ながら、そんなことを思ってしまった。
俯いてしまったローズちゃん。沈黙が降ってくる。
「ローズちゃんって、猫好きだったんだね」
何とも言えない空気をどうにかしたくて呟いたが、あまり気の効いた言葉ではなかった。言ってから後悔した。
怒るだろうか。殴られるだろうか。少しだけ、内心ビクビクしていた。恐る恐る、その様子を伺う。
でも、いつまで経っても、鉄拳は飛んで来なかった。
「ローズちゃん?」
いつもなら、間違いなく飛んでくるのに。俺がナンパしている時でも、相手の女の子の前でさえ、無遠慮に飛んでくるのに。
意外に思い、俺は、極力刺激しないようにそっと声を掛ける。
「にゃー」
照れたのを隠すように、猫を顔の前に持ってきて、ローズちゃんはそう呟いた。
(うわぁ、ローズちゃんが壊れたぁ)
はみ出した顔は、リンゴよりも真っ赤だ。これ以上ないのではないかというくらい、本当に。
あまりの羞恥心に、自棄になってしまったらしい。
(でも、かわいい)
零れそうになる笑みを堪える。
その姿には、いつものような気を張っているような雰囲気はなくて、歳相応に見えた。俺はほっとした。
END
2010.12.25
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