True Rose
 〜記憶の海〜


「ッ!?」
「ローズちゃんっ!」
 咄嗟に、子猫を庇うように抱き締める。
 自分が落ちていくことを理解していく中で、ローズはファイが自分に手を伸ばそうとしていることに気づく。
 けれど、そこから先を認識することはなかった。
 大きな衝撃と音と共に、ローズの体は地面へと叩きつけられた。
(子猫は!?)
 何よりも先に、子猫の身の安全を確認する。
 腕の中にいる子猫は、ローズがしっかりと抱き締め、自身の体で庇った為に無傷だ。少しだけ驚いているようだが、外傷はない。
(……良かった)
 安堵すると、次の疑問が湧きあがってくる。
 自分の体は、地面に叩きつけられるように落ちた筈なのに、それでも身構えていたほどは痛くはない。そして、何やら圧迫されているような感触――。

「……ふ、ファイ!?」
 ――そうして、気づく。
 ファイに抱き締められていた。地面に直接落ちた訳ではなかった。その下には、ファイがいた。
 落下の衝撃から庇われる形で、ローズはファイに強く抱き締められていた。
「あはは……いたたたた……」
「あはは、じゃない! 大丈夫なのか!?」
 軽い調子で笑うファイを、地面から起こす。
 いくら下が土だからといって、結構な高さがあった筈だ。骨折とまではいかなくとも、下手をしていたら骨にひびくらい入っていたとしても可笑しくない。
「ちょーっとだけ、流石に痛いかなぁ」
「骨とか、頭とかは……!」
「んー、大丈夫。ある程度、受身は取れてたし……」
「それでも! この馬鹿! どうして……ッ!」
 思わず、叫ぶ。
 大事には至らなかったものの、それはたまたま運が良かったからだ。いくらファイが受身を取ったとしても、怪我をする時はする。
 助けられたにも関わらず、ファイへの怒りで顔が歪む。
 ……いや、寧ろ、助けられたからか。自分を助けた所為でファイが怪我をする事態になど、ローズはなって欲しくなかった。
 自分が落ちたのは、自分が悪いからだ。注意を払っていなかった。それは、ローズ自身の責任だ。
 その結果を、代償を、ファイが代わりに引き受ける必要など――。
「当然でしょ、ローズちゃんに怪我なんかして欲しくないからね」
 けれど、さらり、とファイは言った。
 当たり前のことのように、それに関して少しも躊躇していなかったように。
 ローズは、それ以上言葉を紡ぐことが出来なくなった。
(――ああ、こういう奴だ)
 自分よりも、他人が大切で。その為に、いつだって必死になって。
(……私なんかの為にも)
 こんなにも心を砕いて。いつだって、嫌な顔一つせずに助けてくれて。
 助けて、と言ったことなどないというのに。
 それでも、ファイは何故かローズが助けを求めていることを理解し、いつだって助けてくれていた。

「何、泣きそうな顔をしてるの? 君は、一人じゃないんだよ」
 唐突に、温かな掌で頭を撫でられる。
 もう、子供ではないのに。そういって、その手を退けることが今のローズには出来そうもなかった。
(こんな、こんな……。ああ、もう本当に馬鹿だ)
 こんな風にされたら、泣いてしまうではないか。
 この歳で、この程度で泣くなんて。そんな格好悪いこと、したくなんてないのに。
(……助けて、欲しかった。独りで、心細かった)
 今回だけではない。いつだって、そうだ。
 言葉にすることも、自ら手を伸ばすこともローズには出来なくて。
 けれど、一人で助けなどなくても平気かと言われば、そうではない。
 ただ、臆病で、プライドが邪魔をして、一人で堪えるしかなくて――。
「……ばかワイン頭」
 誤魔化すように、必死に毒づくけれども。
 腕の中の子猫の温もりと、ファイの掌の温もり。それが心地良くて、ローズは不覚にも一筋だけ涙を流してしまった。







END

2010.7.11




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あきゅろす。
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