True Rose
 〜記憶の海〜




 何処までも続くかのような青空には、白い雲が浮かんでいた。
 天気は快晴。絶好の散歩日和だ。
 道端に咲く野花が、風が吹く度に、静かに揺れる。
 ローズは、心地良い風に目を細めた。
 周囲に人は少ない。それもまた、ローズの機嫌を良くさせていた。

「?」
 だが、宛もなく気の向くままに進めていただけの足を止める。
 何処からともなく、微かにだが、声が聞こえたような気がした。
 ……だが、周囲を見渡しても、並木道には誰もいない。
 ローズは首を傾げつつ、もう一度、耳を澄ます。
「……にゃ、あ……」
 聞こえてきたのは、弱々しい子猫の鳴き声だ。
 上を見上げると、木の上に子猫がいた。
 木の枝の上で、小さな体を更に縮込ませている。
 登ったはいいが、高い所為か、そこから降りられなくなってしまったようだ。
「にゃあー」
 子猫のつぶらな瞳と、視線が合う。助けを求めるような瞳は、確かにローズだけを見ていて。
 ――無視出来る筈がない。ローズは、その木の方へと駆け寄った。
「い、今、助けてやるからな!」
 一番下の枝に手を掛ける。手応えは十分だ。
 そのまま足を乗せても、折れることなかった。見た目通り、しっかりしているようだ。

 木の枝は子猫がいる位置まではどれもそれなりにしっかりしており、ローズ程度の体重は支えてくれた。
 難なく辿り着き、震える子猫にそっと手を伸ばす。
 子猫は、恐る恐るといった様子で鼻を近付けてきた。
「大丈夫だ、怖くない。助けに来ただけだ」
 怯えさせないように、出来るだけ優しい微笑を浮かべる。
 子猫はしばらくローズの指先の匂いを嗅いでいたが、危険がないと理解したのだろうか、小さく舌で舐めてきた。
 ゆっくりと、子猫の体に手を掛ける。逃げないことを確認すると、そのまま優しく抱き上げた。
(……小さい)
 腕の中にすっぽり入ってしまう体躯。どれほどの時間を、ここで独り震えていたのだろう、と哀れになる。
「木から降りるからな、あんまり動くんじゃないぞ?」
 腕の中で安心している子猫に、注意する。
 ――そうして、体を動かした時だった。
「っ!?」
 唐突に襲ってきた、髪が引っ張られる痛みに、身をすくませる。
 なんなんだ、と後ろを振り返れば、幾つもの細い木の枝に、ローズの長い髪が絡まっていた。
「ああ、もうっ!」
 子猫を抱えているので両手は使えない。
 片手で子猫を抱いたまま、もう片方の手だけでそれを解こうとする。
 だが、片手だけではなかなか上手くいかない。加えて、ローズはあまり器用だとは言えないタイプだった。
 どうにかしようと、もがけばもがくほど絡まっていく。

「……長い髪など鬱陶しいだけだな。せめて、結べば良かった」
 ローズは暫く奮闘していたが、自分の髪を見て、憎たらしげに呟く。
 髪は、ローズの不器用さも相まって、どうしようもないくらい絡まっていた。
 ここまで酷くなってしまっては、本当に自分ではもう手に終えないだろう。どうにかするには、誰かの手が必要だ。
「すまんな、助けに来たというのに」
 諦めたように溜息を吐く。
 その自分で吐き出した溜息すら、己を責めているような気がした。
「にゃあ」
 可愛らしいその声に、胸を締め付けられるような気分に陥る。
 こんなに小さい子猫ならば、親の所にだって、早く帰りたいだろうに。自分の所為で――。
(私は、いつだってこうだ)
 助けたいと思うのに、助けようとしても、助けられない。いつだって、何も出来ない。
 渦巻くような無力感が、ローズの胸を突き刺す。
 空を見れば、どんどん色が変わっていく様が分かる。眩しいくらいに青かった空は、オレンジ色になり、藍色が混ざり出し……夜がやって来るのも近いだろう。
(……泣きたくなってきた)
 少しだけ、ツンとする。
 けれど、ローズはもう子供ではない。この程度のことで泣けるような歳ではない。
 この髪をどうにかするには、他人の助けが必要だ。
 だが、助けなんて来るだろうか。自分に、ましてこんなに滅多に人の来ない場所に。
 ――絶望感が込み上げてきた時だった。




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あきゅろす。
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