True Rose
 〜記憶の海〜
11


 村に近付けば近付くほど、嫌な匂いが強くなっていく。
 眉を潜めずにはいられないような、鼻が曲がるような、匂い。
 この匂いは、初めて嗅ぐものではない。幾度か嗅いだ経験がある。
(――まさか?)
 焦燥感にも似た、不快感を身に覚えながら、ファイも走った。
 自分の嫌な予感など、外れてくれればいい。外れてくれ。
 それは、切実な思いだった。
「なん、なんだ……なにが、あった……?」
 だが、視界に飛び込んできた光景に、足が止まる。
 赤、赤、赤、赤……。
 燃え盛る炎が村を包み、四方八方へと広がっていた。
 それは、火事、と呼ぶレベルではない。炎は、容赦なく村を焼き尽くしていた。
 既に、殆どが飲み込まれている。生存者を期待する方が、難しい。
 ファイの瞳が、絶望の色に塗りつぶされる。
(……何故っ!? 何故、こんなことになっているんだ!?)
 この村は魔女狩りとして焼かれる予定ではあったが、騎士たちは何もしていない筈だった。そして、そうさせないつもりだった。
 せめて、この村は守りたかった。そんな偽りの「真実」の下で、人が死んで言い筈がない。
 それなのに、村が焼けている。人が死に絶えるかのように。
 理不尽な現実に、喚き散らしたい衝動に駆られる。ただ、神を呪い、この惨状から視線を逸らしたくなる。
「誰か! 誰かいないのか!? 生きているものは!?」
 それでも、それは今すべきことではない。諦めてはいけないのだ。
 ファイは、意思を奮い立たせるかのように声を張り上げる。誰か一人でも生存している可能性を信じ、懸命に呼び掛ける。
 炎の散った所や弱い所を狙って、歩を進め続けた。鎧を着ていないのも幸いして、彼が進む事は可能だった。
 だが、何処を見ても崩れた家屋や、焼け爛れた死体ばかりだ。
 見渡す限りが、目を覆いたくなるような状態だった。
 まるで、世界を支配しているのは炎のように思えた。それに対して、人はあまりに脆弱で。
 ――そろそろ、進むのも限界だ。

「――――!」
 そう、思った時だった。
 唐突に視界が開けた。その一帯には、殆ど炎がなかった。
 何故? 疑問は感じた。
 だが、その答えを探すより先に、そこに一人の少女が蹲っている事に、ファイは気付いた。
 赤く燃え盛る炎の中で、ただ一人虚ろな瞳で座り込む、黒い髪の少女。
 その少女がそこにいる事を理解すると、この辺りから炎が引いているのは、彼女を守る為ではないかと思えた。
 ――あの研究記録のノートは、最後の一文は何であったか。ファイは記憶を手繰り寄せる。
『この力を……娘に託そう。そうでなければ、間違った考えの者達の手に渡ってしまう。巻き込む事を許して欲しい。どうか、誤った方向に使わないで。そして、世界を嫌いにならない』
 そう、締め括られていなかったか。
 娘。彼女が、その力を託されたのではないか。そして、それを暴走させてしまったのでは? また、その力が彼女を守ったのでは?

「……君」
 視線が、ゆっくりと交わる。少女は、ファイだけを映していた。
 虚ろな瞳。ただ、そこに「在る」というのが正しいような、感情も生きる意志も何も感じられないような。
 この少女を助けられるのは、他の誰でもない、ファイだけだった。
 自分は、罪に塗れている。多くの者を犠牲にして、生きてきた。
 しかし、ファイが罪人だろうとなんだろうと、この少女を助ける事は出来る。ここで、一つの命を救うことは出来るのだ。
 ――ファイは、思う。自分に出来る事をしよう、と。
 今、この瞬間に出来ることを。過去を悔やむのではなく、未来を作っていく為に。
「一緒に、来るかい?」
 少女が、頷いた。何故、自分が頷いたかどうかも分かっていないようだったが、ファイはそれでもいいと思った。
 少女を抱き上げる。黒い髪、魔術の研究の成果。この子はきっと孤独に生きる事になるだろう。
 それに関して、自分は、この子に何が出来るかは分からない。それでも、何か出来ればいいと思う。何か、したいと思う。
 自分達が過ちを繰り返し、世界の真実を捻じ曲げてきた所為で、辛い思いをするであろうこの子に。決して償えるものではないが、償いたいと思う。






END

2010.3.31




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あきゅろす。
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