True Rose
 〜記憶の海〜
10



 どこをどうして戻ったかは分からない。それでも、気付けばファイは、騎士団を待機させた場所に戻っていた。
「ファイ様? どうしたんですか? 何があったんですか?」
 隣で心配そうに瞳を揺らす、イースの呼び声さえも遠い。
 世界が、世界と自分との繋がりが、酷く希薄に感じられた。何か小さな衝撃でさえ、切れてしまいそうだった。
 他の騎士達も初めて見るファイの様子に困惑していたが、ファイにも自分自身どうして良いか分からなかった。
 降り積る暗鬱した気持ちを払う術などない。あるとしたら、今まで殺してきた者達へ、自分の命をもって贖う事くらいだろう。
 だが、自分の命一つで何を贖えるというのか。そう思う事すら、おこがましい。

 ――その時。
 突然、空に響き渡った悲鳴。
 まるで身を裂かれているかのような、耳を塞ぎたくなるほどに苦痛と恐怖に染まった悲鳴。
「なんだ!?」
 あまりに日常ではありえない、酷く痛々しいそれがファイの意識を戻した。
 その悲鳴は、この場からではない。恐らくは村の方からだ。
 何があったのか。騎士達は口々に、言葉を口にする。放っておけば、混乱すら招くだろう。
 ファイは、彼らを束ねる騎士長なのだ。どんな状況であれ、それは変わらない。自分の晒した醜態に舌打ちするが、悠長に構えている暇はない。
「俺が、村の様子を見てくる。お前達は、暫くここで待機していてくれ。あまりにも戻って来なかったら、来てくれ」
 冷静な声で、命令する。それは、先ほどまでとは違い、上に立つ者に相応しい空気を纏っていた。
 だが、それでもそれは他の者にとって納得いくものではない。先ほどまで、ファイは不審な様子を見せられていたのだから。彼らとて、何があったか知りたい筈だ。
「騎士長! ですが!」
「頼む」
 懇願するように、短く言葉を放つ。
 何があるか、分からない。正直、この村を魔女狩りとして処理する事はしたくないとファイは思っていた。
 だが、どうすればいいか案もないし、だからこそ尚更状況があまりにも分かっていない状態で、他の者を関わらせたくなかった。
「ファイ様、20分です。それまでに戻られなかったら、行きますから」
「ああ、構わない」
 そう、助け舟を出してくれたのは、イースだった。彼の瞳にあるのは、ファイへの絶対的な信頼だ。
 他の騎士達も、同じだった。納得いかない様子を見せていたのも少しの間で、ファイの表情に、次々に頷いていった。
 全ての者が頷いたのを見て、ファイは彼らに背を向け、走りだした。
 一刻の猶予もない、ただそう感じた。





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あきゅろす。
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