True Rose
 〜記憶の海〜


 嘘であったら、どれほど幸せか。単にこの人の嘘であってくれたら。
 だが、このノートの主が嘘を書き綴る事に意味はない。日記など所詮自分くらいしか読み手はいない。書き手と読み手が同じであるそれに、偽りを記して何になるのか。
 だから、これは真実なのだとファイは感じる。
「…………っ」
 読み終えたそれを持つ手には、力なかった。震えを堪えようとしても堪え切れない手は、小刻みに震え、今にもノートを落としそうだった。
 泣き出しそうな、それでいて憤怒を孕むような……ファイの表情は、ありとあらゆる負の感情を孕んでいた。
 目の前が真っ暗になるとは、このことなのだと思う。急に、深い闇に落ちたような気分だった。
 今まで信じてきたもの、誇りに思ってきたもの、自分を形成してきたものが、何もかも崩れ去った。
 まるで、砂の城がたった一つの波で跡形もなく消え失せるかのように。その後には、何も残らないように。
 ――自分は、なんて事をして来たのだろうか。そう、ただ自責の念が彼を支配していた。
 魔女として殺してきた者達を「悪魔」と言ったこともあったが、それは寧ろ自分のことではないか。
 今まで殺してきた者達は、何度自分に助けを求めてきたか。縋り、懇願してきたか。
 それを、自分は冷ややかに、寧ろ憎悪の籠った瞳で殺してきた。

 世界の為、民の為、神の為、幸福の為……。何一つとして、正しくはなかった。
 魔女は、悪ではないのだ。魔女は、世界の意思に従う者。世界にとって、正しき存在。
 そもそも、魔女狩りと称して殺してきた者が、本当に魔女であったのかも疑わしい。自分は、何も確かめることをしていない。ただ、信頼する王が魔女だと、殺せと言ったから、それに従っただけだ。
 彼らは、魔女ですらなかったのかも知れない。何の力もない、非力な、善良な者だったのかも知れない。
(……自分は、殺戮者だ……)
 多くの血を浴び、何の罪もない人間を犠牲にしてきた殺戮者でしかないのだ。
 犯した罪は消える筈がない。殺した者は戻らない。
 どんなに自分が悔もうと、贖いたいと思っても、死者は蘇らない。
 ――何故、自分などが生まれてしまったのか。
 自分さえいなければ、死なずに済んだ人間がいる。自分がいるからこそ、彼らは無実の罪を負って死んでいった。
 ただ、消えてしまいたかった。神という存在がいるのであれば、自分を跡形もなく存在していたことすら消して欲しかった。






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あきゅろす。
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