True Rose
 〜記憶の海〜




 周囲を見渡せば、多くの自然がある森だった。その近くには村があるが、距離は離れている。そんな場所に、ファイを含めた騎士達はいた。
 その近くにある村とは、例の村だった。ルーン村だ。
 ファイ以外は誰も、何も知らない。庭園で立ち聞きしてしまった話は、ファイは誰にも伝えていない。
 それが真実だか嘘でしかないのか、疑っているという理由もあるが、事実であれば国の最重要機密事項と言っても過言ではないものだからだ。どう作用するか分からない。だから、口を噤んでいた。
 それが騎士として、国に仕える者として、王に仕える者としては正しい判断だとは思う。あくまでもその立場においては、だ。
 「ファイ」という個人としての感情はまた、そうであるとは限らない。そのような重い可能性に一人で耐えられるほど、ファイは歳を重ねている訳ではなかった。
 二つの立場での葛藤が、激しくファイを苛む。
「騎士長」
 何処か普段と違う声音に、ファイはイースを振り返る。
 心配そうに向けられているその視線に、どうしていいか分からなくなる。
 部下に心配を掛けるのも、悟られるのも良くないと分かってはいる。頭では理解しているのだ。
 しかし、自分は途轍もないことをしでかしてしまっていたのかも知れない、そう思うとどうしても心が乱れた。
「顔色が、悪いです」
「……気の所為だ」
「そんなこと、ありません。昨日は、気のせいかと思いましたが……」
 怖いくらいに真剣な表情で、まるでファイを叱るかのようなイースに、ファイは静かに瞳を閉じた。
 まだ頼りにならない、と思っていたが、いつの間にかファイが思っている以上に成長していたのかも知れない。
 そう思うと、無意識の内に言葉が零れた。
「善とは、なんなのだろうな。悪とは? ……誰が決めたのだ?」
 人々は、何も疑わない。それが、善であるのだと。それが、悪であるのだと。
 ――だが、本当にそうなのだろうか?
 何をもって、それを決める? 誰が決める? そして、それは本当に絶対で普遍的なものなのか?
「騎士長?」
「すまない、忘れてくれ。戯言だ」
 思わず口から出てしまった言葉に、溜息が出そうになる。
 下へ向く視線も止められずに、とりあえずと浮かべた微笑も悲しげなものだった。自嘲しているようにも、見えなくもない。
 ファイとて疑ったことがなかったのだ。それは、今思うと不思議なくらいだが、一度としてそうでない可能性など考えられなかった。
 ――それは、「そういうもの」だったから。





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