True Rose
 〜記憶の海〜
汚れなき君
小さな救い/シリアス




 雪が降っていた。
 真っ白な、汚れ一つない雪が天から。
 まるで自身の汚れを知らしめるように。


 静かに息を吐くと、口から出た瞬間にそれは白く変わった。まるでこの寒さを知らしめるかのように。
 止めどなく降り続ける雪は、まだ止む気配はない。この寒さでは致しかたないことではあるが、不愉快さは拭えない。
 寒さに凍える手。ファイは自分のそれを、ただ見つめていた。
(この手は、どれだけの血にまみれているのだろう?)
 声のない問いは、ただ自身に深く突き刺さる。
 痛みが、寒さによるものなのか精神的なものなのか、もう分からなくなっていた。
 ただ、真っ白な雪は自分の汚れを思い起こさせる。罪のない人間の血にまみれた手、深い闇に落ちそうな程の咎。
 どうすれば、そこから抜け出せるのだろう。泣きそうな表情で考えるが、そんな方法はあるわけがないのだと、ファイ自身が良く分かっていた。
 あったとしても、逃げ出していい筈がない。これは背負うべきもの。自分はその重みに、苛まされ続けなければいけないのだ。
 それが、汚れた自分に課されたこと。許されざる罪を犯した者の辿る道だ。

「……ファイ、こんなところにいた」
 唐突に後ろから聞こえた、まだあどけなさの残る幼い少女の声。
 それは、ローズの声だ。ファイは、笑顔を張り付けて振り返る。
 どれだけ、自分はこんな所にいたのだろうか。こんなに幼い少女を一人、残して。
 自分の愚かさに、ファイは顔をしかめそうになる。
 だが、同時に、そうローズを気遣える余裕がある事に安堵する。
「ごめんね、ローズちゃん」
「いい。けど、心配した」
 そう言って、ローズはファイの手へ自分のそれを伸ばして来た。
 子供らしく小さな……そして綺麗な、白い手。
 ファイは、反射的にそれを払いそうになる。
「ファイ?」
「……ああ……大丈夫だよ、ごめんね」
 この手は、剣を握り人を殺して来た手。いくつもの心や希望、幸福を奪った手。
 そんな手で、ローズのような少女に触れている事が、ただファイは苦しかった。ローズを汚してしまうのではないか、と不安に心臓が不規則に鳴る。
「ファイの手、冷たい」
「そう、だね」
 なんの他意もないローズの言葉。けれど、ファイには強く自身を突き付けられたような気がした。
 そう。自分は冷たい人間だ。あれだけの人間を殺し続けるなど、普通の人間の心で耐えられるものか。
 握られた手を離そうと、静かにそれを動かす。
「じゃあ、ファイは心の温かい人なんだね」
「え?」
 だが、唐突な言葉にファイは固まった。
 反らしていた視線をゆっくりと戻し、ローズを見る。
「手が冷たい人は心が温かい人なんだって」
 そう、ローズは微かな笑を浮かべた。
 意識しなければ分からないほどの、今にも消えそうな笑み。それでも、彼女は確かに笑った。
 ショックで、全てを――記憶も感情もなくした少女。少しずつ感情を取り戻してきたその彼女が、僅かに口元を和らげていた。
(……適わないなぁ)
 泣きそうな顔で、それでも確かにファイは笑った。
 握り返した手の温もりが、ファイを包み込むようだった。







END

2010.3.16


***
出会ってから、少しくらいの頃の話です。
ファイは、実はかなり幼いローズに救われてるんですよね。
子供ってすごいと思います。



1/3ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!