True Rose
 〜記憶の海〜


「村を一つ、焼かねばならない」
「村を……?」
 その重さを感じさせる言葉に、ファイは僅かに息を詰める。
 それを感じたのか、王の纏う空気が先程よりも苦しさを濃くした。
「そこに、邪悪な魔女がいる。そして、村人は彼女達を匿っている」
 最近、増えた魔女狩りではあったが、村を丸ごと焼かねばならない、というのは初めてだった。
 少なからず、驚きと躊躇がファイの中に芽生えた。果たして、そこまでする必要があるのか、と。
「魔女を討伐する為と、魔女を匿う人間を根絶する為だ。そうでなければ、世界は駄目になる」
 そんなファイの心情を感じたのか、諭すように王はファイを見た。
「我々は、民を守らなければいけない。大の為に小を犠牲には出来ないのだ。しかも、罪を犯した者の為に」
 全ての人間を救えたらどんなに素晴らしいことか。しかし、そんな事は理想論でしかない。叶えられる理想と、叶えられない理想とが必ず存在する。
 そもそも、魔女は悪なのだ。世界を、大地を荒廃させる存在。人々を惑わし、堕としていく。
 そんなものの為に、その他の善良な民を犠牲にする事などあってはならない。
 瞳を閉じれば、そこには守るべき多くの民が見えた。家庭があり、子供があり、夢や希望、日々を懸命に生きる姿がありありと思い浮かぶ。
「仰せの通りです」
 話を切り出した時から変わらず何処か苦しげな王に、ファイも気付いた。だが、他には何も言わず、ただゆっくりと頷いた。
 彼に、何が言えただろう。支配者は、常に孤独なのだ。その苦しみは、他人には理解出来ない。
 痛む心を堪えて、ファイは彼に臣下の礼を取った。
「……もう、行って良い」
 そう、王が頷き、話は終わった。ファイがここにいる理由はもうない。
 尾を引くような気持ちはあったが、王の下がっていいという言葉に頷き、ファイは立ち上がる。
 だが、一礼して、立ち去ろうと背を向けたファイの耳に届いた声。
「お前は、騎士長という立場に……」
 それは、はっきりと自分に向けられたものではなかったが、ファイは振り返る。
「……いや、なんでもない」
 けれど、その心配するような声で紡がれた言葉は、最後まで言い切られることはなかった。
 愚問なのだということは、王も分かっていたのだろう。ファイが望もうと望まざると、彼が騎士長になる事は避けられなかったことであるし、またやめる事も出来ない。
 代々、ファイの家の者が騎士長を務めていた。彼の家は、右に出るもののない名門貴族だった。それ故に、その家の者が一騎士に収まることは出来なかった。
 馬鹿らしいプライド、周囲の目と体裁だ。
ファイは騎士長になる事を望んでいた訳ではない。それでも、拒否する事は出来なかった。
 慣習に縛られ、貴族という地位に縛られ、ファイが持っている自由は僅かばかりのものだ。
 多くの向けられる負の感情。多すぎる敵。まだ年若いファイに、それが辛くない筈がない。
 それらは、幼い頃から見て来た王が、心を痛めるには充分だった。騎士長になる事を承認したのは自分であり、少なからず責任を感じているのだろう。
「私は、国家の為、並びに陛下の為に働けることには誇りを持っています」
 僅かに視線を下に落としたものの、次の瞬間にはファイの口からは言い切るように言葉が紡がれた。真っ直ぐに王を見て、揺るぎない瞳で。その瞳は、希望を失ってなどいなかった。若者らしい強さを感じる。
 村を焼かねばならなくともか、という意味を含んだような瞳で王は見返してきたが、ファイはそれでも視線を外さない。ただ、そうである事に一寸の迷いはないのだと示すかのように。
 それが、ファイの存在意義だったのだから。灰色の日々で、無意味な慣習の中で、生きていたファイの唯一の。





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あきゅろす。
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