True Rose
 〜記憶の海〜


「騎士長ファイ・ルーティーン、ただいま帰還し、報告に参りました」
 重厚な扉を開けると、光沢のある赤い絨毯が視界に入る。それは、長く、広く続いている。その他にも、豪奢ではないものの、精錬された美しさを放つものが、その広い部屋には広がっていた。
 見るものがここは王の座する場所だと理解出来るほどの部屋。普段、謁見の際には彼の臣下がここで彼を護衛している。今はいないのは、ファイが王の信頼を得ているからであり、必要ないと彼が考えているからだろう。
 ファイは、王の前だというにも関わらず、少しも臆することなく、規則的な足音を響 かせて進み出でる。そして、その先にある王座の前まで来ると、膝を付いて頭を垂れた。
「顔を上げてくれ」
 僅かな沈黙の後、掛けられた声にファイはゆうるりと顔を上げる。
 まだ人によっては若いとも言うであろう年齢だが、やはり王、荘厳さを感じさせる。親しみを感じさせるように笑っていても、貫禄を感じさせる姿だ。人の上に立つに相応しい存在だとファイは常に思う。
 そして、自分のカリスマ性で自分の欲望に人を従わせるのではなく、民の事を考えている素晴らしき王だ。人は、彼だから従いたいと思うのだ。
「畏まらなくてもよい。ここには私とお前しかいないのだ」
「そのような訳には参りません」
「昔はもっと違っていたではないか。よく遊んでやっていたのを忘れた訳ではないだろう?」
「幼少の頃のご無礼、深くお詫び致します。陛下の寛大なお心に感謝致します」
「……全く、変わらないな、お前も」
 幾度か繰り返されてきたやりとりに、変化がない事に気付いた王は苦笑を漏らした。
 ファイも忘れている訳ではない。幼い頃に、王がまだ王でなかった頃によく遊んでもらっていたことを。
 だが、昔は目の前の彼は王という立場ではなかったし、ファイとて幼かったのだ。だから、少なからず許されていた部分もある。
 今は、そうではない。目の前の人は王であり、ファイは一臣下だ。王がそれを許していても、許されることではないとファイは思っていた。
 そこが、彼の良い所であり悪い所だと、王は苦笑するのだが。
「任務、ご苦労であったな」
「ありがとうございます」
「どうであった?」
「規模はやはり小規模なものでした。原因は、やはり続く戦と荒れていく大地への不安かと。牢に閉じ込めておりますので、あとは陛下の判断に従うのみです」
 今回のファイの任務は、鎮圧であった。
 任務はそう難しい事はなかった。いつもと同じようにこなせばいい。
 ただ、淡々と行えばそれで事足りた。
「そうか。次の任務だが……」
 話を切り出そうとして、しかし珍しく言い難そうに王は僅かに間を置いた。そこには何処か苦しげな雰囲気が感じられた。
 普段、命令をする時に威厳を崩さない彼にしては珍しい。彼には分かっているのだ、王として人の上に立たねばならない時と“彼”個人としていても良い時とが。
 だからこそそれは、ファイに違和感を与えた。




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あきゅろす。
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