True Rose
 〜記憶の海〜
遠い記憶の名
ファイと王/シリアス




 ――王が、崩御した。

 国は、その話題で溢れ返っていた。それ故に、王宮から遠ざかり、そういった話題が耳に入らないファイの下にもそれは届いた。
 何処にいても耳に入るような声を避けるように、人気のない荒野でただファイは佇んでいた。

 荒れ果てた大地を見つめて、思い出すのはかつて使えていた王。
 僅かな犠牲と共に、彼は多くの民を守った。1匹の山羊を守る為に、99匹の山羊を犠牲には出来ない。それが、王という存在。彼が孤独である由縁だ。
 ファイは、魔女狩りを肯定するつもりはない、それを許すつもりもない。
 だが、王は王として自分の出来る限りを尽くし、国を守っていたのだと、今なら分かる。

 行われた葬儀は、王としての威厳に溢れたものだったという。臣下も民も多くが、その場に集まった。
 彼は国を愛していた。民を想う、良き王だった。それ故に民衆からも想われ、その死は嘆かれたのだから、当然のことだろう。
 行けば必ず騎士団にその存在を知られるファイに、行くことは叶わなかったが。

 そもそも、ファイは手向けられる花を持ってはいなかった。
 何も言わず、騎士団を去り、その下を去ったのだ。今更、そんなものがある筈がなかった。


「貴方は、もう王ではないのですね」
 王は、彼の息子が継ぐことになるだろう。王と違いその息子のことは、ファイはそれほど知っている訳ではないが。
 王が王になった時から、ファイにとって彼は王だ。陛下としか呼ぶことはなくなった。
 昔のようにすればいい、王は常にそう言っていたがそれは難しいことだ。時折、寂しそうに笑うのを知らないわけではなかったが。
 王ではない。だからその名を呼ぶことに、ファイは躊躇しない。

「安らかにお眠り下さい……アースガルド様」

 久しく呼んでいない名は、それでも彼の口に馴染んでいた。
 もっと早くに、一度でも呼べば、彼の人の孤独も少しは紛れたのだろうか。






END

2010.8.4

***
本編より昔の話ですね。ファイは、先代の王の事を今はもう責めてません。
本編で描ければ良かったのですが、最後の方に取り乱して責めたままでしたので、ちょっとした捕捉です。




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