True Rose
 〜記憶の海〜




 町の広場は、多くの民衆で賑わっていた。
 誰もが、ただ一つを目的に、そして歓喜に身を震わせながら。
 彼らから、一段高い舞台のようになった場所には、一本に木に磔にされた女がいた。そして、鎧を纏い、剣を腰から下げた男達。そのうちの一人は、松明を空へと掲げている。まるで、空高く存在する神に示すかのように。
 それが、彼らの目的だった。

「いやぁ! やめて! 私は悪くない……ッ!」
 磔にされた女は、尚も叫んでいた。その声に耳を傾ける者はいない。傾ける必要もない。
 何故なら、彼女は悪の根源なのだ。彼女が存在するから、世界は荒廃していく。
 それ故に、ただ、怒声と歓喜の声とがその訴えを飲み込んでゆく。
 それでも、赤髪の男は情けをかけようと静かに視線を向けた。
 冷たい相貌ではあるものの、その瞳は正義に強く輝いていた。
「何か、言い残す事はあるか?」
「私、魔女じゃないわ! どうして!? 世界を呪うなんて……!」
 だが、言い訳がましく、己の罪を否定し続ける女に、男の整った顔が僅かに歪む。
 罪は、罪。なんの酌量の余地もないだろうに。
 せめても、最期に認めて悔いてくれればいい。
 それは、無駄な願いだったのか。男の口から、小さな溜息が漏れる。
「……この者は、魔女だ。世界に仇をなす。どうか、その身をもって贖うがいい」
 だから、男は言った。これ以上のやり取りは、無意味だと言わざるを得ない事を理解したから。
 一人でも多くの人間が幸福でいられるように、それが男の願いだ。
 それは、その女にも例外ではない。罪から浄化され、魂が解き放たれればいいと思う。
 男の声により、松明の火が女へと向けられる。
 熱い炎。それは、浄化の作用も持っている。どうか、二度と生まれ変わる事もないように、過ちを起こさぬように。男は、ただ静かに願った。






 美しく整えられた廊下を、ファイは単調に足を運ぶ。広く、長く続くそこはファイにとって不愉快の対象でしかなかった。
 擦れ違う人々は、ファイに形だけの挨拶と敬意を払って行く。その裏にあるのは、嫉妬だ。それでも、それを上辺だけの笑顔で隠して。
 それが、ファイに酷く居心地の悪さを与えていた。
「ファイ騎士長! お疲れ様でした」
 だが、他と違う声に呼び止められ、ファイは足を止めた。よく馴染んでいたそれに静かに振り返ると、そこにいたのは自分と同じ鎧を纏った男だ。
 眉が一つ動く程度で、特にその表情に変化はない。常にそうだが、その表情の乏しさは、何処か冷徹さを匂わせる。
 決して、冷血な訳ではない。民や国を大切に想うのは、恐らく騎士団一だ。
 だが、どんな時でも冷静沈着で、感情を見せる事のないその姿は、どこか人に気軽に声を掛ける事を躊躇わせていた。
 弾んだ声でファイに声を掛ける人間など、ほんの数人しかいない。その、数少ない中の一人。彼が束ねる騎士団の部下の一人であった。

「ああ、イースか。お前もな」
 その瞳に浮かぶのは、ファイへの純粋な尊敬だった。
 それなりの貴族の出にしては珍しく、イースには裏表が感じられなかった。ファイの大嫌いな、自己保身などもなかった。それ故に、ファイが騎士団の中でも話す部類だった。
 イースと話している時は、周囲が自分に向ける多くのものを、ほんの少しだけ忘れられた。
向けられる憎悪や嫉妬、憐れみ……様々な感情にファイは常に取り巻かれていた。
 ――何故か。それは彼が、他に右にでるものがない、名門貴族の出身であるが故に。そして、そのお陰で騎士長になったが故に。決して、実力ではなかったが故に。
 だから、ある者はその優遇に嫉妬し、憎んだ。特に、貴族達のそれは深い。常に自分達の持つものを、自慢しているくせに……いや、だからこそか、自分より上のものにそういった感情を抱きがちだ。プライドの高さも手伝っているのだろうが。
 また、ある者その境遇を憐れんだ。――名門貴族であるという事に、縛られた境遇を。

「また任務は来るだろうが、とりあえず今は休んでおくといい」
「はい」
 頷いたイースに背を向け、ファイは歩き出す。任務の報告の為に、王の下へと。
 歩む足は確かなものだったが、単調で無機質だった。それはまるで、彼の心を映し出しているかのようだった。





1/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!