掌編・短編小説集
6 「アンタ……月白は?」 「え?」 「月白も、精霊の血を引くと思ってたが違うのか?」 「……違うわ」 「じゃあ、なんでそんなに知識に……?」 月白は、火焔が何を言わんとしていたか、理解する。 月白の知識の豊富さ――全てを知るのではないかというそれは、普通の人間には有り得ない。 精霊ならば、遠い昔から存在していたのだから人間以上で当たり前だ。先祖がそうなのであれば、様々なことを伝えられていてもおかしくない。 火焔はそう考えていたのだろう。それは考えてみれば、納得はいくものではある。 月白の言葉を待ち、見つめてくる火焔の瞳。その真剣な色に、少しだけ気分が落ち込むのを感じた。溜息を一つ吐いて、月白は小さく首を振る。 「……正確に言うなら、『分からない』なのよ」 ――何故なのか。それは、月白自身が幾度となく問い掛けてきたものだ。 でも、答えは出ない。見つからない。 「私には、記憶がないの」 「え?」 「あの村長に拾われる前の記憶がね、ないのよ。だから、何も分からないの。あるのは知識だけ」 「そんなことって……」 馬鹿な、と自分自身でも思う。 知らないことはないくらいなのに、たった一つ自分のことだけが分からないなんて。 「過去が分からないって、思いの外に怖いものよ」 落とした視線。 だから、火焔がどんな表情をしていたかは、分からない。 分からないようにしたかったのかも知れない。否定されることのも恐いが、同情されることもまた嫌だった。 だから、こうしてここまで月白が本音を吐いたのは初めてだった。 「だって、もしかしたら、自分は大罪人かも知れない……もしかしたら、って考えていったら切りがないの。どれも否定出来ない」 ――それは、何故なのだろう? 分からない。それでも、月白は口にしていた。 「だから来たのよ、私は神に会いに。貴方や世界の為だけじゃない、自分の為にも」 見上げた空には、月が輝いていた。 人の手の届かぬ場所で、ただ一人で孤独に。 ←→ [戻る] |