掌編・短編小説集
10


「主よ、もう泣かないで下さい。貴方はこの世界で唯一のお方。何故、人ごときが共にいられましょうか」
「泣いてなんか、いないわ」
「ならば、その瞳の涙はなんなのです?」
「!」
 悲しい。
 しかし、だからと言って彼女たち巫女がどうもしてくれないのは知っている。
 月白は神で、巫女は人間だから。
 これが、正しい関係。これが、月白のあるべき姿であり、場所なのだ。
 だが、思ってしまう。
(幸福だったわ、あの村では)
 月白は、月白として扱ってもらえた。
 「月白」という名も。その名を与えたのは村長で。初めて、名というもので呼ばれた。
 月白には、名などなかった。巫女たちは「神」や「主」と呼ぶために、必要なかったのだ。
(村長さまに、菫……大丈夫かしら)
 

(……そして、火焔)
 あんな風に気さくに話されるのも、初めてだった。
 村でもやはり、賢者として敬われていたから。

 真っ直ぐで。
 その心根は心地好かった。

「お別れ、なのね。ごめんなさい、菫」
 必ず帰ると約束したのに、守れなかった。




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あきゅろす。
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