True Rose
 〜灰の降る世界〜


「ねぇ、ファイはどうして旅をしようと思ったの?」
 少しだけ思案するかのように、ファイは視線を落とした。それから一瞬だけ昔を思い出すかのよな表情をすると、再びハンナに顔を向けて笑った。
「固定された世界から離れたかったから、かな。他のものも、見てみたいと思ったんだ。自分が知ってる世界だけじゃなくて、他の知らない事ももっと。世界は広いんだから」
 ローズは、笑みを浮かべるファイの横顔を見ていた。初めてファイの理由を聞いた気がする。
 世界は広いのだと、ファイはいつか言った。彼は、どんな世界にいたのだろう?
 聞いた事はない。けれど、なんとなく聞く事が躊躇われた。
「難しい事、言うのね、ファイは。分かるような気がするけど」
「そう? じゃあ、ハンナちゃんは旅をしてみたいと思うんでしょ? なんでかな?」
「楽しそうだから! この村も好きだけど、いろんなものを見てみたいの!」
「そういう事だよ」
「うーん、そっかぁ、なんか分かった気がする。旅ってやっぱり楽しい?」
「そうだね、楽しいよ。いろんな景色を見たり、いろんな世界を垣間見られるよ。まぁ、ローズちゃんがいるから楽しいと思うのかも知れないけど」
 同意を求めるかのように、ファイに向けられた視線がくすぐったい。
 小さく頷いただけだったが、ファイにはそれで充分だったのだろう。もしくは、初めから意見を聞いていなかったか。
 更に笑みを深くしたファイに、反応を返して良かったのだとは思うが。

「そういえば、二人は家族なの? 親子って歳じゃないわよね? 兄妹?」
 だが、直後、その唐突な問いにローズは固まった。
 ハンナは何気ない気持ちで聞いたのだろう。きょとんとした瞳に邪気は感じられない。
 それでも、ローズは息をするのも忘れたかのように、ファイを見た。
 ファイとローズの関係はなんなのだろうか、それはローズ自身も分かっていなかった。時折、考えるが答えは出ない。
 血の繋がりなんてない、赤の他人。記憶を失っていたローズを拾ってくれただけだ。ファイは単に憐れみから一緒にいるだけではないのか、そう思う。
 彼の口から、その答えを聞くのは怖かった。否定されるのが怖かった。
「……家族、じゃない」
 だから、ローズは自分で否定した。否定される前に、自分で急いで否定した。
 けれど、自分で言った直後に自分の言葉に落ち込んだ。
 視線が下へと向かう。自然に顔は俯いてゆく。
「……本当の家族じゃないけど、家族みたいなものだよ」
 そんなローズの頭を撫で、ファイは微笑む。それは、ローズだけに向けられた優しい表情。彼女が不安にならないように、という配慮も含んでいて。自分はここにいいのだと言ってもらえたような気がした。
 堪えた涙は、また別の理由で溢れそうになった。

「随分、暗くなってきたね。ハンナちゃん、もう遅いから帰った方がいいよ」
 夕焼けの色に気付いたファイは、苦笑した。気付かなかったが、随分話し込んでしまっていたらしい。
 これ以上遅くなると、まだ幼いハンナの両親は心配するだろう。
 この村の治安がどれ程かは分からないが、早く帰るに越したことはない。
「えー! ローズとファイともっと話したい!」
 だが、ハンナは拗ねたような表情を見せる。
 まだ話足りない、という気持ちをありありと訴える。
「俺たちは暫くいるから。ご両親が心配するよ、送ってくから。ね?」
「……分かった」
 しかし、困惑したようなファイの言葉に、頷いた。
 まだ会えなくなる訳ではない事とファイを困らせている事を分かったからだろう。
「ハンナちゃんの家に着くまで、三人で手を繋ごうか?」
「うん!」
 ファイの提案に、ローズとハンナは嬉しそうに笑った。
 三人は手を取り、歩き出した。それを照らす赤い夕日は、涙が出そうになるくらい暖かいような気がした。
 ただ、嬉しかった。こうして三人で他愛のない話をしながら笑い合える事が。
 村の人の視線は痛かったが、ローズはもうそれほど気にならなかった。今、この瞬間ローズはローズだった。黒髪だという事も魔女だという事も関係なく。
 隣を見れば、自分の言葉に笑ってくれる二人。繋いだ手の温もりだけが、ローズには確かなものだった。それだけで十分だと思った。





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