True Rose
 〜灰の降る世界〜



 蘇る思い出は、痛いものが多い。
 それでも忘れる事がないのは、彼女が思い出の大切さを知っているからだ。それがどんなものであれ、忘れてはいけない事を知っている。
 ファイに出会う以前の思い出がないローズには、それを消してしまう方が辛い事なのだと思えた。
 だから、彼女は忘れない。それがどんなに辛いものでも。
 脳裏に広がる苦い思い出に、ローズは静かに瞳を閉じた。




「ファイ、次はこの村にいるの?」
 幼い少女――ローズは隣にいるファイを見上げた。
 身長差がある為に、そうしないとファイを見れない。ファイも普段は、視線を合わせられるように膝を折る事が多い。
「うん、暫くはここにいるつもりだよ」
「じゃあ、ちょっと散歩してきていい?」
「いいよ。俺も宿を探してくるよ。見つけたらここにいるから。あんまり遅くならないうちに戻っておいで」
「大丈夫」
 そう言って、ファイから離れて村を歩いた。
 それは何処にでもあるような、在り来たりな村だった。
 でも、記憶のないローズにとっては見るもの全てが珍しく思えた。
 見上げた青い空も、その下で連なる家々も、往来する人々も……何もかもが新鮮だった。
 周囲から向けられる視線は痛かったが、自分の髪の色を考えると仕方ないのだと諦める。

「っ!」
 だが、あまりに夢中になって辺りをきょろきょろと見回していたせいで、石に躓いて転んでしたまった。
 周囲の視線はこちらに向いているが、助ける気配はない。寧ろ、関わらないようにしようとしている感じが伝わって来る。
 転んだ事よりも、そちらの方がローズには痛く感じられた。
「大丈夫?」
「……え?」
 だが、そんなローズに心配そうに掛けられた声。それは本当に自分へのか、と一瞬疑った。
闇を思い起こさせるような、黒い髪。不吉な色を持ったローズに、積極的に自分に声を掛ける人間などファイ以外にはいなかったのだ。
 しかし、顔を上げて、自分に差し出された手を見る。
「貴方、名前は? この村で初めて見る顔けど」
「……ローズ。この村の住人じゃない。旅してるの」
 声を掛けてきたのは、ローズよりも少し上か同じくらいの少女だった。
 言葉を返しながらも、ローズは戸惑いを隠せない。
「へぇ、すごいね! 私も旅してみたいの!」
 けれど、そんなローズの様子に気付いているのかいないのか、少女の顔がまるで宝の地図を見つけたかのようにキラキラと輝く。
 少女は恐らく、旅をしているという人間に興味を持ったのだろう。
 それは、ローズに興味を持った訳ではないと彼女にも何となく分かっていた。だが、それでも向けられるその笑顔は心地良かった。
「私、ハンナ。友達になろうよ!」
「……ともだち?」
 言われた言葉に、ローズは目を丸くした。
 ほんの少し不安の色が混じった瞳も、表情も、自分に向けられたものだと、ローズは信じられなかった。
 それでも、それは間違いなく彼女に向けられたもので。
「そう! ダメ?」
「……ダメじゃ、ない」
 戸惑いながらも返した言葉に、ハンナは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。太陽の下で輝くようなそれは、とても眩しいと思った。
 ――友達。心の中で、ローズは呟いた。少しずつ、嬉しさが込み上げてくる。
 彼女にとっての初めての「友達」だった。擽ったい感覚を覚えながらも、心が踊った。




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あきゅろす。
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