True Rose
 〜灰の降る世界〜



 ファイと共にいるようになっても、ローズは彼に対して不信感を消す事はなかった。疑心暗鬼状態だった。
 だって、何を信じれば良いのだろう。彼女には分からなかった。
 ローズの口数は少なく、丸一日ファイの言葉に何も返さない事も少なくとなかった。ただ膝を抱えて、宿のベッドの上にいた。
 だが、ファイもそれを分かっていたが、それに対して怒る事はなかった。ただ必要があれば声をかけ、常に心配してくれていた。
 部屋にいても暇だろうに、ただ何も喋りもしないローズと一緒にいてくれた。


 その日、ローズは夢を見た。炎の渦に、父と母、村の人間が飲み込まれていく夢だ。
 何となくそれが夢だという事は、ローズにも分かっていた。だって、自分は母や父の顔すら知らないのだ。彼らがどんな人間であったか、知らない。
 だが、それでもその光景を怖いと思った。あの時は怖いとは思わなかったのに、こうしてみるとあれはとても怖い事だったのだと思う。
 見渡す限りが炎。激しく荒れ狂うようなそれに、抜け出す方法も分からない。
 容赦のない炎に人は焦げ、崩れていく。それは自分が知っていた人。同じ村にいた人。
 それでも、誰も助けてくれる人はいない。ただ、皆、炎に呑まれていく。自分は一人なんだと思い知らされた。そして、一人はとても怖いものなのだと――。
「……ローズちゃんっ!」
 だが、そんな時に不意に届いた声。それは、まだ馴染まないがそれでも確かに自分の名を呼ぶものだった。
 飛び起きるように起きて、荒い呼吸を繰り返す。白いベッドの上。赤の中ではない。
 荒い息を整えようとするローズの横には、ファイがいた。心配そうな眼差しで、ローズの背を撫でた。
 その温もりが心地良くて、不意に視界が歪む。熱い何かが込み上げてくる感覚に、ローズは戸惑った。
「……ゆ、め……を見た……」
「そうか」
「こわ、かった……」
「大丈夫だよ……俺がいるから」
 震える手は、気付けばファイへと伸ばされていた。
 それを、安心させるかのようにファイは撫でる。羽が触れるかのような柔らかさで、ローズの強張る体を解していった。
「寝るといい、よ」
「……うん」
 ファイはローズをベッドに横たえると、捲れた毛布を掛け直す。
 温かな人なんだと思った。優しい人なんだと思った。
「…………ファイ」
 聞き取れるか聞き取れないかの囁くような声。幼さを帯びた高いそれはローズのもので。
 小さな空気が震える音が聞こえた。それは、ファイの微笑だった。
 それが、初めてファイの名を呼んだ夜の事だ。






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あきゅろす。
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