True Rose
 〜灰の降る世界〜


「ローズちゃんさ、本当に無茶しないでよー。寿命縮まる。このご時世で誰かに見られたら困るワケでしょ、魔術使う所なんて」
 笑みを浮かべながらも、ファイは困ったようにローズを見る。
 しかし、ローズはファイの言葉など意に介さないかのように、自分の手に付いた汚れを叩いていた。
「知るか。そうなったら記憶を消すだけだ」
「何百人も居たとしても?」
「当然だ。じゃなければ殺されるだろうが」
 横に並んだファイを一瞥し、ローズは不機嫌そうに眉を寄せた。
 ついでにそのまま、敵へと視線を向けるが、そちらはあからさまに怯えを返される。
「……ひぃッ!ま、魔術だと!?魔女!?悪の遣いめッ!」
 ローズ達の会話を聞いていた男達は、彼女が何者かを理解し、表情を引き攣らせていた。そこに見えるのは、明らかな怯え。
 だが、体を恐怖ですくませながらも、それでも罵る事だけは忘れない。その姿の醜さに、ローズは顔を顰めた。
 それでも、これが大部分の――極普通の人間の反応なのだ、と改めて思い知る。
 僅かに痛んだ胸には気付かない振りをして、愚かな彼らに説明してやるべくローズは口を開いた。

「………とりあえず説明してやるが、私は悪の遣いなどではない」
「な、何をっ!」
「魔術とは自然界に存在する精霊を――世界の根源の力を引き出すものだ。貴様らが『魔力』と呼ぶものは多少なりとも誰にでも備わっている」
 一般的に認識されているものは、人間達自身に都合よくされているだけで本来のものとは全く違う。
 戦続きで荒廃した大地、それにより疲弊している人々、病や貧困から不安や恐怖が耐えない。
 それ故に人は何か縋るものを必要としていた。例えば「神」といったものだとか、全てを超越したものを。
 それでも、まだ災厄があればそれらの根源を断とうとする。その根源を断ちさえすれば平穏が訪れるのだと信じていた。否、そう思う事で己を守っていた。
 誰が悪い訳でもない。だが、人々は何か「悪」を、「災の根源」を必要としていたのだ。
 そうした、妄想と犠牲の塊が「魔術」でありそれを試行する「魔女」である。そう教えられ、思い続けて来た人々は、その考え自体が間違っているとは思わない。
 そもそもそういった間違いを――その考え自体が違っているのだと、正せる人間はいない。そうすれば己が「魔女」だと認める事になり、差別の対象になるのだから。

「……尤も、目が覚めた時には聞いた事すら忘れているだろうがな」
 それは静かな呟きだった。男達の方へ向いている視線は、それでも彼らの事を見てはいなかった。それは、何処か、もっと遠くに向けられていた。
 小さな溜息を一つ零し、空を見上げるように視線を移した。澄み切った青空は、あまりに遠く届かない場所だ。
 静かに瞳を閉じたローズは、詠うように呼び掛ける。世界に存在する精霊へ。
 彼の者達に、眠りと忘却とを齊すようにと。彼女が魔術を施行するものだと広がらぬ為に。
 ファイは、ただローズを見ていた。よくある事なのだろう、特別な事ではないといった様子で。それでも、その表情は何処か含まれるものがあった。

 ローズの、静謐でありながらも何処か優しさを帯びた声が響く。柔らかな光が舞い散るように広がり、辺りを優しく包み込んでいった。
 奏でる旋律は何処か哀しいものだ。それはその唄が忘却の唄だからだろうか。
 理解されたいと願いながらも、理解される事のない苦悩から、哀しげに聞こえるのかも知れない。








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あきゅろす。
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