True Rose
 〜灰の降る世界〜



 いつか、同じように泣いて、世界から逃げだそうとした事があった。……いや、何度もあった。
 そう、魔女狩りをする騎士を見ていた時、彼らの事を聞いた時だ。幼い私はその度に、世界から逃げようとした。いつも泣いていた。
『魔女はこの世に災いをもたらすものだ! 魔女は悪しき存在!』
 彼らの言葉に、その無惨な行いに、私は、ここにいてはいけないのだと、そう思った。私がここにいるだけで、それは罪なのだ、と。
 生きているだけで、罪。生きているだけで、他を傷付け、害する事になる。
 それでも、それは、他の人間とて同じではないか。誰もが、何かの犠牲の上に立っている。彼らとて、私達魔女という生け贄の上に、幻想の安寧を得ているのだ。
 何故、それに気付かない? 愚かだ。他人の事ばかり、他人のせいにしか出来ない人間にも、失望した。

 こんな世界ならいらない。こんな汚い世界になんていたくない。
 この世界から逃げたかった。抜け出したくて、ただひたすらに走った。
 それでも、走っても走っても、そこは同じ世界でしかなくて。抜け出す事なんて出来る訳がなかった。
 当たり前だ。私達は、この世界で生きているのだから。私達には、ここしかない。ここで生きていくしかないんだ。

『……ぅ……っ!……うぇ……!』
 悲しくて、悔しくて。様々な感情が入り交じる中、私はただ泣いていた。
 幼い私にも、世界があまりにも不条理である事は理解出来た。私達に優しくない事も。
 それでも、ただ泣く事しか出来ない幼い子供だった。
『ローズちゃん、ここにいたんだね』
 そんな私を、ファイは毎回迎えに来た。優しい笑顔を浮かべて。温かな手を差し伸べて。
『ローズちゃん、帰ろう?』
『だって、私は……! 私なんかいない方がいい……! 騎士は、みんなそう言う! みんなも同意する!』
 いつだってファイは、少し困った顔をして、それでも優しい表情は崩さなかった。
 きっと、彼もまた傷付いていただろうに。何も知らない私の言葉は、痛いものだったに違いない。
『人は、どうして生きるの? 沢山の罪を重ねて、他人を犠牲にしてまで』
 それでも、私は吐き出す言葉を、世界への恨み事を止めない。
 人間に生きる価値があるのか。私は、人を犠牲にしてまで、生きていきたくない、と。
 ――何度も、何度も。
『……多分、生きたいと、願うからなんだよ。皆、生きる事に必死で、悪意はないんだ。……悪意がないからと言って許される事じゃないけれど』
 ファイは、哀しそうな、それでも傷を隠した笑みをいつも浮かべた。
 今なら、それがよく分かる。あの時は、泣いている子供に困惑しているようにしか、見えなかったけれど。
 いつも、ファイは笑顔の裏で、傷に苛まれ、それを隠していたのだろう。
『ローズちゃん、もし君が罪を犯してしまっても、死を以て償おうとしてはダメだ。死はなんの償いにもならない』
 何も知らなかった、幼い私。そのファイの言葉は、私があの時に感じたものよりもずっと重かったのだ。
 それでも、ファイは生きる。生きろ、と言った。私の罪の全てを知りながら、私にそう言ったのだ。





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