True Rose
 〜灰の降る世界〜


「強く、ないよ」
 唐突に響いた声に、ローズは振り返る。
 やはりそこに居たのは、いつもの笑みを浮かべたファイだ。酷い事を思った、彼を傷付けるような言葉を吐こうとした自分を追いかけて来てくれた、ファイ。
 嬉しさと後悔と、様々な感情に、ローズは顔を歪めた。
「ローズちゃん」
 優しい声で、名を呼ばれた。そこには、慈愛を感じられる笑みが浮かべられていて。
 言葉にはしていなくとも、気にしなくていいとファイは言っているのが分かった。
「俺は、強くないよ。俺が、君に声を掛けたのは、罪滅ぼしからなんだから」
 そして、彼は否定した。強くない、と苦笑を浮かべて。
 ほんの少し陰り、俯いた顔。それでも、それはやはり一瞬で。
「俺の話、聞いてくれる? あの日の事、それまでの事」
 浮かべた微笑は哀しげなものでも、それでも真っ直ぐにファイはローズを見つめていた。視線を逸らす事なく、ただ静かな瞳で真っ直ぐに。
 その瞳が綺麗だと、ローズは思った。深い色をしたそれに、静かに頷く。
「話して、くれ」
 彼はもう、嘘は付かないだろう。その口から紡がれるのは、真実のみ。
 それは、ローズには痛いものかも知れない。だが、それを求め探していたのはローズなのだ。真実の断片を知った今、中途半端ではいられない。
 ファイとて、多くのものを背負っている。背負って、傷付いて、それでもローズと共に居てくれた。だから、今度はローズがそれを分かち合いたいと思う。
 ファイは、ありがとう、と小さな声の後、静かに語り出した。

「最初、俺は何も知らなかったんだ。魔女の事も、隠されていた事も……多分真実を何一つ。それは言い訳にはならない、でも、当たり前の事を疑うって、多分難しい事なんだと思う」
 魔女が悪だという考え方。いつからそれが広まったかは分からない。それでも、それはいつの間にか、深く確かに浸透していった。そして、世界の理と化した。
 それは真実ではなかった。だが、人間には良くも、悪くも真実でないものを「真実」へと変えてしまう力がある。
 何が善かと聞かれれば、世界の意思に従う魔女が、善であるに違いない。だが、世界の善ではなく、人間の「善」が世界を支配した。
 今でこそ、ローズを肯定し、守るファイも、昔はその内にいたのだ。騎士団であった事を考えると当たり前の現実だが、その口から紡がれた言葉にローズは少なからず驚きを覚えた。
 記憶に残る彼は、いつだって自分に偏見を抱いている素振りは見せなかったから。出会った頃ですら、怯える自分に優しかった。
「何も知らない俺は、騎士団の仕事に誇りを持っていた。王を、世界を、国を、民を守り、神の意志に従っていたつもりだったから」
 彼が語るそれは、思い出とも言えるが、やはり彼にとって後悔と呵責の対象に違いない。懐かしさを覚えながらも、やはり痛いものなのだろう。
 静かに揺れる瞳が、愚かだよね、と自嘲しているかのように感じられた。
 それでも、ローズは何も言えなかった。彼女に何が言えただろうか。
 痛みも苦しみも、それは全てファイの感情だ。ローズのものではない。今日初めて触れた、触れさせてもらえただけのもの。
 ファイも、恐らく安易な言葉を求めていた訳ではない。だから尚更、何も返せなかった。




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あきゅろす。
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