True Rose
 〜灰の降る世界〜




 零れ落ちる雫は雨ではないと、ローズが気付くのには時間が掛った。
 涙を流すのは、どれくらい振りだろうか。それがそれだと、気付けないくらいに久しぶりだった。
 傷付く事がなかったわけでも、悲しい事がなかったわけでもない。寧ろ、逆なのだろう。あまりにあり過ぎて、感情を制御する事を覚えてしまったのだ。
「私が、殺した……」
 止めどなく涙を流しながら、自分の罪を思い返すように小さく呟きを漏らした。
 きっと記憶がなかったのは、だからなのだろう。そのショックで、無くしてしまったのだ。
 人の体は、良く出来ている。特に自己防衛には長けている。自分の心を守る為に、全てを忘れさせた。忘れてしまえば、傷付く事も良心の呵責に耐えられなくなる事もないのだから。
 それは自然な反応で、責められるべきものではない。そして、そうなったものは忘れた儘でいた方が良いのかも知れない。思い出してしまえば、傷付く事になるのは当然なのだから。
 それでも、ローズは求めた。そこまで、そういった事に気付いていた訳ではないが。過去のない状態は不安定だったから。『自分』というものが酷く曖昧だったのだ。過去を含めてその人間なのだから、辿った軌跡がない状態と言うのは、『自分』が途切れてしまったようなものだ。
 だが、やはり知らない方が幸せだという事もある。不安定だというのならば、『自分』など一から作りあげていけば良い。しかし、その今ここにいる『自分』が壊れてしまっては、元も子もないのだ。

「うう……!」
 膝を抱えて、声を押し殺して、ローズは嗚咽を漏らす。涙は止まる事を知らないかのように、後から後からと零れ落ち、ローズの袖を濡らしていった。
 濡れた袖が気持ち悪い、そんな事を感じる余裕さえローズにはなかった。
 ただ、知りたくなかった、と思う。自分がした事など。
 あの男(恐らく、今の騎士長なのだろう)からファイの事を聞いた時に、ローズはファイの事を責めた。何故なのか、とぶつける場所のない怒りを感じた。
 ……いや。信じていた、今まで一番近くにいた、それ故に裏切られたような気持ちを感じたのかも知れない。
 だが、自分とて同じだ。同じ、罪悪を背負っているのだ。ただ、それに気付かずにいたというだけで。ならば、それを知り、背負い続けたファイの方がよほど――。
「あいつは、強い、な」
 ファイが、自分のしてきた事に対して何も思っていない筈がない。長い間旅をしてきた、だから少し考えればローズには分かる筈の事だった。
 それでも、それから逃げる事なく生きている。忘れる事なく、背負い続けている。魔女であるローズと共にいる事にさえも、少なからず苦痛を感じずにはいられないだろうに。
 それでも、彼は笑うのだ。過去の傷など見せないように。前へ進む為に。
「どうしたら、私は、お前みたいに、強くなれるんだろうな……ファイ」
 その強さに憧れる。自分には届かない、それに。





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