True Rose
 〜灰の降る世界〜




 どれだけの時間が経ったか、ローズには分からない。雨に濡れた体から、相当の時間が経っているだろう事は分かった。
 激しい雨音が、耳を叩いていく。止めどなく振り続けるそれは何を責めているのだろうか。
 分からない。白く霞がかった思考で、ローズはただ立ち尽くしていた。

「ローズちゃんっ! そんなに濡れて……探したんだよ!?」
 そんな中、唐突に後ろから聞こえた、激しく息を乱したような声。それはよく馴染んだ者の声だった。
 虚ろだった瞳が、僅かに何かを映した。それでも、視点は定まっておらず、視線は下を向いている。
 ローズは無言の儘、重い体を動かす。それは、酷く緩慢な動きだった。
 彼女には、何もかもが億劫だった。何もしたくなかったし、何も考えたくなかった。ただ一人でいたかった。今、ただこの世界に存在している事さえもが、彼女を苛んでいた。
 それでも振り返ると、一つの人影が視界に入ってきた。それは、雨でずぶ濡れになった男。息を激しく乱し、こちらを見つめる視線には、心配が色濃く伺えた。
 ――ファイ、か。その姿を確認すると、ローズは、ただ、ぼんやりとそう思った。
 ファイを見つめるローズの瞳は、空虚だった。そこにいるファイを映してはいる。しかし、彼女のはっきりとした思考はただ一つだけ。それだけが、頭の中をただ回っていた。
 雨音だけが、二人の間に響いていた。巡らす思案は、お互いの耳には届かない。ただ聞えるのは、遮るような激しい雨音だけ。
 雨で濡れた漆黒の髪が、ローズの頬に張り付いていたが、それを振り払う事もせず、ローズはただファイを見ていた。
「ファイ」
 夜の闇の中にぽつりと落とすかのように、呟かれた声。心の中では、感情が暴れ回り、ごちゃ混ぜになっているだろうに、それは酷く静かなものだった。
 普段と違う様子のローズに気付いたのだろう、ファイの瞳には困惑の色が混じった。
「ローズ、ちゃん?」
「お前が……元騎士団長だとは、本当か……?」
 戸惑うファイに構わず、びしょ濡れな姿でファイを見てローズは問う。
 その問いに、ファイが息を飲んだのがよく分かった。肯定も、否定も、その答えはない。しかし、それは肯定しているのと同じ事だった。
 雨音だけが、やけに激しく聞こえた。地を削るような、心まで削っていくようなそれ。
「魔女狩りをしたのか?」
 震えていそうな声は、思いの他落ち着いていた。それは、ローズが一番意外であった。
 真っ直ぐにファイを見つめる瞳は、雨に濡れていた。答えを待つ、ほんの刹那の時間が重く、長い。
「……うん」
「ルーン村にお前は、命令を受けて行った?」
「……うん」
 問いも、回答も静かな声だった。それでも、その静かさの中には、感情が渦巻いていた。
 押さえつけていただけであったそれは、唐突に爆発する。



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あきゅろす。
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