True Rose 〜灰の降る世界〜 3 アジトを見つけて、そこにいる盗賊、そしてその頭を縛り上げるのに、そう時間は要さなかった。部下の力があの程度ならば、頭の力もたかが知れている。 問題なのは、その後だった。縛り上げた彼らをどうするか。それには少し悩んだが、警備団にくらいならば、目立つ事をしなければまぁ大丈夫だろうとファイがそちらに向かったのだ。 それ故に、暇になったローズは、一人宿に向かう事にした。ファイに着いて行く意味もない。 道を行き交う人の、道に並ぶ多くの店の、雑踏と喧噪をぼんやりと聞き流しながら歩く。一人で道を歩く事など、意外と少ないのではないだろうか。常に、大方ファイと一緒だから。 (だが、私は何を知っている?) それだけ一緒にいるというのに、彼は底を見せない。それは、何か疾しい事があるからなのだろうか? 知られては困るから語らないのか? 彼が語らぬというのであれば、無理に聞き出したいとは思えない。しかし、そんな事すら思えてきてしまう。そんなに自分は信用ないのだろうか。そんなに、語る必要があるとは思ってもらえてないのだろうか? 「お前! なぁ、お前だよ!」 「……なんだ?」 肩を叩かれ、ローズは振り返る。幾度となく誰かに声を掛けていたそれは、ローズに対してだったらしい。 ローズを呼びとめたのは、銀髪の男だった。細身でありながらも筋肉の付いた体躯は、何処かファイを思い起こさせる。腰に吊り下げられた細身の剣、彼も剣を使う者だという事を示していた。 しかし、ローズに彼のような知り合いはいない。全く見覚えのない顔だ。怪訝な顔をしそうになったが、それよりも先に男の口から問いが発せられた。 「お前は、どうしてあの方と一緒にいるんだ?」 「あの方?」 眉を寄せ、何を言っているのかというような瞳で見れば、男は苛立ったように睨みつけ、声を荒げた。 「ファイ・ルーティン様だ。ファイ元騎士長だ!」 「…………え?」 男の言葉を、無意識の内に反芻する。 ――ファイ・ルーティン、元騎士長? ローズは、言葉を忘れてしまったかのように、ただ瞠目した。男が何を言っているか、わからない。 元騎士団? 誰が? ファイが? そんな事があるのか? あんなにへらへらした男が……。 ――そこまで考えて、はたと思考を止める。 へらへらしている? あいつに騎士長など勤まる筈がない? そんな事はない。あれは、表面をそう塗り固めているだけだ。その底は見えない、とさっきも考えたばかりではないか。 でも――、 「な、何かの間違いではないか? 人違いではないか?」 「俺が、あの方を間違えるものか! あの方の下で働き、あの方の帰りをどれほど待っていたか……!」 男は眉根を寄せて、痛切な想いを言葉として吐き出す。 ローズは、咄嗟に言葉を紡ぐ事は出来なかった。何を返せばいいのか、また男に突き付けられた事実に分からなくなった。困惑しながら、ただ男を見る事しか出来ない。 「ルーン村を焼き払う為に騎士団を率いて、そこからあの方は消息を絶ってしまったのだ! 何故なんだ……!?」 ルーン村、その名前には聞き覚えがあった。ローズの育った村だ。あの日、全てを失くし、ファイと出会った場所。 つまり、ファイはあそこに討伐する側として来たという事なのか? そして、あの村を焼き尽くした──? 世界が、音を失くしたような気がした。表情が抜け落ちたかのように、ローズはただ虚空を見つめていた。 頭上を覆うのは、灰色の空。重く、どんよりとしたそれは今にも降り出しそうな雨の前兆に思える。 「あの方に、俺は憧れていたというのに! あの方と肩を並べたいと……! あの方の功績、剣の腕に比べたら、俺なんかでは騎士長は……! お前と並んで歩くあの方を見て……!」 男は尚も喚いているが、ローズの耳には何一つとして届かない。雑音としても、認識されない。 唯一、空から降ってきた水が、ローズの意識に留まった。 ――冷たい。ただ静かに、そう思った。 そうして、全てから逃げるように、ローズは瞳を閉じた。 瞼を閉じた底は、全てを覆うような暗闇だった。漆黒のそれに、飲み込まれるような錯覚に陥った。 ← [戻る] |