True Rose
 〜灰の降る世界〜
10




 宿の一室で、二人は向かい合っていた。
 どちらも言いたい事はある。しかし何を言いたいかくらい互いに分かっている為に、黙ったままだ。その沈黙だけが、互いに重くのしかかる。
「……ワイン頭」
「ごめんってば。分かってるよ、危険だって言うんでしょ?」
 怒気の混じる堅い声で呟けば、ファイはやはり困った顔で謝罪して来る。
 それでもローズの苛立ちは収まらない。毎度毎度、いつまでたっても止めはしない。
 咎めるのも幾度目になろうか。前回が大丈夫だったからと言って、今回も大丈夫だという保証など何処にもないというのに――。
「……」
 ファイの言う事も正しいのは、ローズも分かっている。しかし、正しいか正しくないかで言えばローズとて正しい。
 ファイの言うように、生きれたらどんなに幸せか。しかし、後悔したくないからこそ、ローズもまたそれを実行出来ないのだ。
「当たり前だろうが。よりによって騎士団がいるんだぞ」
 ファイは、ほんの少し視線を落として、曖昧に微笑む。もう一度強い声音でローズが呼び掛けるとゆっくりと口を開いた。

「俺はね、剣は誰かを守る為にあるものだと思うんだ」
「私だって他人を傷付けたいなどと思っていない」
「分かってるよ。だけど放っておけばいずれこの町は死に追いやられるのが目に見えてる」
 遠い目をして、ファイはローズを諭すように言う。落した視線が、何かを悔やんでいるように思えた。
 普段のふざけた様子から想像出来ないその姿に、ローズは喚く事が出来なくなった。
「ローズちゃんだって本当は助けたいって思ってるんでしょ?」
「そんな事……ッ」
「いいよ、嘘付かなくても」
 全てを分かった様子で微笑を浮かべるファイに、ローズは唇を噛む。
 否定しなければ、と思う。それを認めてしまえばこの先また色々な人々を危険に晒す事になる。
 自分は「魔女」なのだ。真実、魔女にどれ程害が無かろうと、人々の思う「魔女」がその事実からかけ離れている限りは危険だ。
 幾度、自分は罪を犯した? 他人を不幸にしてきた?
「ローズちゃんは優しいから、人と関わる事をしないんだよね。俺がいなかったらきっと君は一人でいたと思う」
 しかし、それよりも早くファイが言葉を紡いだ。
 ローズが答えられないのを分かっての事だろう、確認するように言う。
「……だけどさ、きっとそれは後悔する。出来る筈だった事を、しないままにしてたら後悔するから」
 穏やかな表情で、ファイは笑う。しかし、それが表面だけのものだとローズはよく分かっていた。その笑顔の下では何かに苛まれている。
 ファイもまた、何か傷を負っているのだろう。
「だから、ローズちゃんの代わりに俺が助けてあげる。ローズちゃんはここにいて?」
 過去を忘れていくわけではない。背負って、それでも尚、恐れる事なく前へ進む。自分の意志で決め、自分の意志で動く。
 それは、運命の人形になっているような自分の在り方とは違う――。

「…………私も、行く」
 呟いた声は震えていたような気がする。それでも、ファイはそれを馬鹿にして笑ったりはしなかった。
 代わりにただ穏やかに、そっか、と微笑を浮かべた。
 その微笑は、窓の外の月に似ていた。







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