[通常モード] [URL送信]

†涙目のサディ†
7.月光の森(6)

 「他人の心配をしているときではないぞ」

 川の向こうに気を取られているクラウスに黒騎士が声をかけました。
 クラウスは目の前の敵に集中し剣を構えました。

 「主に捧げた命、自分の心配などしていない」

 「見上げた忠誠心だな……死なすには惜しい人材だ。護衛の連中すべてがそうであった。さすがは親衛隊、皆、コーネリアの武人にふさわしい戦いぶりだった」

 黒騎士の淡々とした話しぶりは、率直な感想を述べているようで、嘘をついているわけでもなさそうでした。

 「そうか……」

 クラウスは仲間たちのことを思い出してつぶやきました。
 しかし、感傷に浸(ひた)っているときではありません。
 正面に黒騎士。
 その背後に豪華な甲冑の男、魔女らしき銀髪の女、目を凝らすと奥に騎馬が四騎……。
 騎馬の半数は指示を受けて川を渡っているはずです。
 向こう岸にも犬を放ったといっていたので、それにも何騎かついているでしょう。

 ……全部で十五人ほどか。

 最初に襲撃を受けたときよりは半分ほど減っているようです。

 ……隊長たちも頑張ったんだな。

 それでもひとりでどうにかなる人数ではありませんでした。
 もともと少女を護衛する味方が少なかったとしか言わざるを得ません。

 ……そう、少なかったといえば少なすぎた。

 しかし、最初から襲撃させることを計画していたのならそれもわかる話でした。

 「念のために訊いておくが……ヘンゲン元老院長の指図だな?」

 「……さてな」

 否定も肯定もせず、黒騎士が初めて剣を構えました。

 「おしゃべりはおしまいだ。観客が退屈している……同じコーネリア人同士、恨みは無いが、命令とあれば斬らねばならん」

 「その言いよう、まるで軍人だな」

 クラウスが口を閉じる前に、黒騎士は肩口から斜めに斬りつけてきました。
 無造作とも見える一振りでしたが、怖ろしく早い剣筋でした。
 クラウスは剣で受けることをせず、少し下がってそれをかわしました。
 剣を合わせないのは、自分のそれをなるべく傷(いた)めないためでした。
 黒騎士の他にも敵は大勢います。
 このような絶望的な状況でも、訓練で身についた動きは最後まで戦い抜くよう自然と機能していました。

 「なるほど、若いくせに親衛隊に入っているだけのことはある」

 黒騎士はクラウスの落ち着いた無駄のない動きを見て、ただ者ではないと見抜きました。
 それはクラウスも同様でした。
 次に打ち込まれたとき、すでに身体だけでかわす余裕はありませんでした。
 剣で受け流すと、すぐさま自らも打ち込み、そのまま数合剣を交わしました。
 どちらが優勢であるのか、見ている者には容易に判断がつきません。

 「おいおい、大丈夫なんだろうな……?」

 高い声の男が心配そうに言うと、「まあ、大丈夫でしょうよ」と傍(かたわ)らにいる銀髪の魔女が余裕のある声で答えました。
 交し合うひと振りひと振りが必殺の一撃でした。
 騎兵たちも息をするのも忘れたかのように、ふたりの剣さばきに見入っています。
 ふと、黒騎士が後ろに引いて間合いを置きました。
 お互いの剣が離れました。

 「いい腕だ、このままでは埒(らち)が明かんな」

 そう言って、黒騎士は左手で右腰に下げていた剣を抜きました。
 左右の腕に一本ずつ剣を持つと、彼が放っていた威圧感が一気に増しました。
 二刀流が本来のスタイルなのでしょう。
 クラウスは、獣がようやく牙を剥(む)いたのだと悟りました。


[前へ][次へ]

6/11ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!