†涙目のサディ†
1.暗闇の森(7)
赤い光のある場所から、かすかにうなり声のようなものが聞こえてきました。
じつは、この狼は少し前からサディの後をつけてきていたのですが、彼女が完全に弱るまでようすを見ていたのです。
そして、もうこの距離なら獲物がどう逃げても捕まえられると確信したので姿をあらわしたのでした。
少しでも動こうとしたり声をあげたりすれば狼が襲いかかってくるような気がして、サディは動けませんでした。
それに、逃げ出したくても、疲れと恐ろしさのあまり足は凍りついたように地面にへばりついて離れません。
しっかりと抱きしめたほうきからは早くなった心臓の鼓動が伝わってきて、それに共振するかのように身体が勝手に震えだしました。
狼がゆっくりと距離をつめてきました。
四メートル……三メートル……。
サディは固まったまま動けません。
狼が体勢を低くしました。
飛びかかる姿勢です。
狙いは細い首筋。
右側はほうきの柄が邪魔なので左側です。
この距離で獲物を逃したことはありません。
首を噛み切ったときにふき出す温かい血の味を思い出して、狼は舌なめずりをしました。
そしていっそう姿勢を低くすると、次の瞬間、獲物の急所めがけて飛びかかっていきました。
サディはやはり動けませんでした。
狼の大きく開いた口が目前に迫ってきて鋭い牙がずらりと見えたとき、恐ろしくて目を閉じました。
自分はここで狼の遅い夕食となって死ぬのだと思いました。
こんな状況で彼女が助かるはずもなく、この物語は「不幸な少女の物語」としてここで終わるはずでした。
しかし狼の牙は、あと数センチのところでサディの首にはとどかなかったのです。
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