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めいん
魅力は美しさのみ
※現代設定※
三家で。
「名」の前の話です。
ルームシェア物です。
エロめだよ!










思い描いていた以上に進行は早いようだ。上がっていく体温と裏腹にヒヤリとした第一陣の触感が奥底を微かに微かに震わせた。感覚を平らにする暇はない。


図らずも口渇は最良の値まで振り切れて制御は断ち切れていく。

そして、愛しい人のそれを唇に収めた。







花を活ける手付きを穏やかに眺める。色の白いそれの主は芸術的な感覚が皆無の自分とは正反対なようで、みるみる100円均一で買った素っ気ない花瓶が艶やかに彩られていく。テーブルの上に花弁がひらきら舞った。

「巧いもんだな」

「……当然だ」

少し得意気に背筋を伸ばすその姿が何だか新鮮だ。気に入らない箇所を微調整して幾度もしげしげと見直している。所要時間約20分。

「どうした?充分いいと思うんだが」

「貴様の目は節穴か?これの何処が“いい”んだ?」

「バランスも整っているし、花の配置も塩梅もいいぞ」

やがて、呆れた様にこちらを久方振りにみた顔は不満を漂わせる。(素人が知った口を叩くな)とでも、思っているのだろう。
唇が微かに動いている。

「解った。今日は許容してやる」

次は貴様が活けろと真顔で投げてくる。

「だからワシ、こーゆーの苦手だと……」

続けても聞く耳はもうない。ヘッドフォンの内側に隠れてしまった。仕方なしに苦笑いを混ぜながら、片付けていく。辺りには花の芳香が充ちる。すっと一吸いしてから、整えられた花達とは正反対に散らばった道具達を纏めていく。

隣人は嫌に静かな男だった。進学する際親から手狭になって払い下げられたアパートが一人では大きすぎると考えあぐねていた。その時、空きを探している同じ年代の青年が居ると紹介されたのが彼だった。分厚いマフラーで耳元まで覆い、こちらの笑みにも一貫して無愛想に頭を下げたきりだった。
それからもう二度目の春を迎えてしまっている。隣人は相変わらず無口で愛想笑いすらない。

「あ、明日遅くなるから飯は適当に食べててくれ」

了解らしい。微かに首が傾いだ。大学の友人達との馬鹿馬鹿しくなる程のはつらつとした掛け合いも好きなのだが、この沈黙で受け止められる会話、一定の距離感が堪らなく安心を憶えるのだ。この感覚を例えるならば家族のそれに近い気がして何故か口角がゆっとつり上がる。


ちくり。


指先に痛みが走った。見ればぷつりと黒いトゲが指の肉に埋れている。痛みに耐えながら抜けば真っ赤な水滴がふっくりと溢れてきた。緊満を耐えかねてパタパタと下へ下へ転がり落ちて花弁を紅く紅く染めていく。
どうやらまともに棘を刺してしまったらしい。我ながら下手をうったなと慌てて拭う物を探そうと手を伸ばした。
と、

「世話が焼ける」

呆れた声が驚く程近くで囁かれる。それが唇へ持っていかれてほすりと食まれた。

「……っ」

チュクチュクと舐めとられる。舌の感覚とどろりと生暖かい口腔内の湿り気に一瞬指は戦いた。赤い女の様な唇の中に差し込まれた無骨な自身の指。その対比が急激に目に焼き付いてしまったようで、離せと声を上げるのも振り払う事すら叶わなかった。唇はまるで甘い汁を吸うかのように、指から中々に離れない。

ぞくりそくりそろり。
胸に巣食う妙に毛羽立った感覚を如何に表現したら良いのだろうか。それは矢張何処か歪な固まりで心持ちを妙に不安にさせた。

「……やめた方がいいぞ。毒があるかもしれない……薬だって使ってるだろうし。だからっ」

絞り出した言葉はデタラメに単語を弾き出して意図を伝えられない。そして、応じる事もなくその男は自分の指を只、舌と唇で吸い上げる。

頬が妙に火照る。視線を外した。やっと脳は正体不明の感覚に名前をつけた。きっと正答に違いない。けれど、あまりにも場違いで的を射すぎていて、考えに蓋をする。

何時まで続けたろうか。邂逅は突然に終った。唇から糸を引いて離れる指。唇を拭う指はとてつもなく白い。

「今度からは気を付けろ」

慌てて視線を外して相変わらずの不機嫌を混ぜ込んだような声音に少々安堵する。

「すまない」

素っ気なく答えて指を擦る。それは刺し口から血を盛大に吸われて少しばかりふやけて色を失っていた。まだ、あの感触が残って消えない。指にも体にも。

心臓が耳の傍まで来ているようだ。いつもより早い心拍がまだ続いている。厭わしくて堪らない。立ち上がり億劫なのでシンクで手を洗う。ざっと洗剤をつけて流し、水滴を払う間もなしにタオルで拭う。

その時に何気なしに再び手を眺めたのだ。刹那、ある思考が指先から全身に満ちていった。
これは本当に自分の指なのかと。あの時傷付けた指とは正反対のように白んでいる。


まるで。


どうしてそうしてしまったのだろうか?
気づけばヘッドフォンの内側に隠れた隣人の服の裾を震えながら握り締めていた。

「これは本当にワシの指なのか?」

我ながら愚かな質問だと内心恥じた。なんて下らないと。それでも安定しない気持ちの置場所を見付けようと必死だったのだ。きっと、隣人は貴様は餓鬼か下らないと一笑に伏してこの距離感は保たれるはずなのだ。


隣人はこれを無表情に眺めていた。外されたヘッドフォンからは単調に独文を読む女の乾燥した声。無造作に積まれた本がばさぱさとフローリングに落ちた。それから、卓上の血と花弁。

今の今まで感情を伴わない光を宿していた面が急に色彩を増す。
唇が音を作った。

「欲しいのか?」

咽がひくつる。
反射的に拳を作っていた。
何をかと重ねようとした。
笑い飛ばそうとさえ思った。
冗談だろ。そうだろ?と肯定してしまいたかった。

出来るはずもない癖に。

隣人は拳を開き無造作に食んだ。先刻よりも荒々しく。同時に肩に腕を回され掻き抱かれた。服の裾から手がつつっと侵入する。
色彩は更にねっとりした膜を帯びて、その目はひたりひたりと捕らえて離さない。

「三成止めよう。……全く遊ぶのも大概にしろ。そん、な」

冷静を唱えようとした声は指を離した唇に咽を甘く舐めとられ寸断された。体に重みがかかり抵抗も出来ずにソファに沈みこむ。
乱暴にシャツを乱していく粗暴さも足を執拗に絡める妙な熱っぽさもこの男にはないと思っていた。
「ほら、これが貴様が欲しがった私だ」

耳元に囁かれる声も何処か、水底で聞いているようで希薄だ。その面には1つの映像がまざまざと映し出された。

白い白い花弁のような誰かの手。

そう、この男の堤を切ったのは自分自身なのだ。
妙な確信が胸から背に貫通する。距離を望むあまりに距離を狭めていたのは己だ。
反芻していく考えに、もがこうとした体は動きを止めた。


唇が重なった。無抵抗な舌に舌が絡み付く。手に手が重なりきつく握られた。指から新しい血が滲む。

好きだった。
ゆっくり近付いていきたかった。きっと傍にいれればそれで……ただ満足だった。


薄い思考は更に泥々に腐った闇の中に呑み込まれていく。
思考が霧散してほどけていった。滲む視界の端にちらちらと何か白く写る。


白い白い無垢な花弁に落ちる一片。

あぁ、あの花の名はなんだったろうか?

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あきゅろす。
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