妄執教師 夢から醒めた日 仁科はゆっくりと椅子から立ち上がり、乾いた拍手を送る。呼吸を整えている青年は、ひどく嬉しそうな顔をした。 「上出来だよ『啓一』」 仁科は孝司を『啓一』と呼ぶ。 始めは孝司を『啓一』と呼び、彼にその事を自覚させた上で、自らの存在を認めさせることで仁科は満足した。 しかしあの日、孝司は変わってしまったのである。 人に媚びるような目つきで私を見てきた時には、全身に鳥肌が立った。 一体どこで歯車が狂ってしまったのやら…。 当初の目的から、随分と外れた計画に終止符を打つのは簡単だ。 しかし孝司を切り捨てられない弱さを、仁科は持っていた。曖昧な感情に仁科が戸惑ううちに、2人の関係は悪い方向へエスカレートしていった。 仁科の意識が自分に向いていないと悟った孝司は、行為の始めに自慰をするようになった。全く、いつの間にそんな事を覚えたのか…。 優秀な兄と常に比べられる人生を送ってきた孝司は、とても臆病で且つ寂しがり屋だ。 まるで私に頼らないと死んでしまうとばかりに、その目で訴えてくるのだ。 仁科はその目が煩わしくて、次の日からは孝司に目隠しする事にした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |