妄執教師
消えた弟
長瀬 啓一(ナガセ ケイイチ)は孝司のアパートを訪ねていた。
弟のアパートにはほとんど行ったことがなかったが、記憶を頼りにハンドルを回す。
そもそものきっかけは、あゆみとの食事での出来事だ。孝司の事情を話すと彼女は驚いた。
あゆみにも年の離れた弟がいるらしく、何週間も連絡がないのはさすがにおかしい、と言われた。
テストも一段落ついて多少のゆとりは出来たので「次の週末にでも行く」と言っても、彼女は許さず「今から行きなさい」と言われた。
あゆみと弟は別々に暮らしているのだが、それでも連絡が途切れたことはないらしい。
言われるがまま彼女と別れ、啓一は孝司のアパートに向かったのだ。
ようやく弟のアパートに着く。
部屋の前に立ち、ひとまずインターホンを押す。返事はない。急に訪ねたところで孝司が素直に応じるとは、ハナから思っていなかった。
念のためにもう1度押す。扉に耳を近づけて中の様子を伺うが、不気味なほど静かだった。
まだ帰宅していない可能性も考えたが、妙な胸騒ぎがした。試しにドアノブを回してみる。鍵は掛かっていなかった。
「…孝司?」
扉を開け中へ入る。部屋の中は真っ暗だった。月明かりを頼りに辺りを見渡す。部屋はもぬけの殻だった。ゴミ1つ落ちてない、何もない空間が広がっていたのである。
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