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妄執教師
弟がいた証
「一人にしてくれ」と啓一は仁科に退室を促した。自分の考えを整理したいのだろう。そう理解した仁科は黙って部屋を後にした。
 一人残った啓一は壁際に寄せられたパイプベッドを見た。不自然に皺が寄ったシーツは、先程までここで繰り広げられていた争いの結果なのだろうか。目を凝らすと薄暗い部屋の中でも、点々と散らばる血痕が見て取れる。啓一はそれらの痕をそっと撫でた。
「孝司…」
 シーツに染み込んだ血液はすでに乾いていて、啓一の手にそれが付くことはなかった。シーツを撫でた手を鼻に持っていき、その匂いを嗅ぐ。何も感じない。それならと啓一はベッドの上に乗り、改めて血痕を見る。それからおもむろに上体を倒し、赤黒く乾いたそこに舌を這わせた。塩辛いような、鉄臭いような味がした。
「孝司…」
 これが孝司の血。弟の血。そして兄である自分と繋がっている血。
「お前はどこにいる…?これ以上俺を困らせるな」
 啓一はそのまま眠りに就いた。弟が残したぬくもりを肌で感じながら。
「孝司…」
 シーツに身を摺り寄せ、弟がいた証を確かめているうちに意識は遠ざかっていった。

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あきゅろす。
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